・・・それで一句一句しらみつぶしに解釈し批評して行く場合にはこれらの句はややもすれば罰点を付けられるのであるが、しかし上述のような考え方に従ってその句の近辺一帯の進行を通観した後にその一句の役目を考え直してみると、多くの場合にわれわれはこのやや劣・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
恋愛は、実に熱烈で霊感的な畏ろしいものです。 人間の棲む到る処に恋愛の事件があり、個人の伝記には必ずその人の恋愛問題が含まれてはいますが、人類全般、個人の全生活を通観すると、それらは、強いが烈しいが、過程的な一つの現象・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・人として、偉大な人生の些やかな然し大切な一節を成す自分の運命として、四囲の関係の裡に在る我を通観する事に馴れない彼女は、自分の苦しむ苦、自分の笑う歓喜を、自分の胸一つの裡に帰納する事は出来ても、苦しむ自分、笑う自分を、自分でより普遍的な人類・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
去年の暮、福田恆存は、一九四九年を通観して、「知識人の敗北」の年と概括をした。これは、評論家としての氏にとって、きわめて意味のふかい一つの刻みめを印した発言となった。なぜならば、一九四九年の日本の現実は、混乱しながらもそこ・・・ 宮本百合子 「五月のことば」
・・・学生の思想取締問題など、男性の社会の出来事のようだが、本当は現在の社会と未来の文明を通観した上で、息子を人間的に育てて行こうとする母親にとって実に大問題であろうと思う。皮肉以上の解答を、真実人生を愛し子を愛する母は求めている。私もここに野暮・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
・・・ゴーリキイの生涯を通観してもそのことは分明なのである。 深田氏の「強者連盟」を読んでも印象されたことであるが、一般的にこんにち積極的意企をもった文学作品の中には、情熱を欲する感情というものが、つよく緊張していることを感じられる。しかし、・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・ このように通観して来ると、現在文学の大衆化を云々している作家の現実の中でも、まだまだ作家と大衆との間に実に大きい生活的な距離があり、大衆性そのものも十分に究明されていないことが分るのである。日本近代社会がその推移の過程で引き裂いた文化・・・ 宮本百合子 「文学の大衆化論について」
・・・これらは戦争の刺激によって芸術家が人生全体を通観する機会を与えられた、という事実を語るものではなかろうか。『イリアス』が古代世界を代表し、『神曲』が古代と中世とを包括し、『ファウスト』が古代中世近代の全体を一つの世界にまとめ上げた、というよ・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
・・・少年時代以来の藤村の苦労を、作品を通じて通観し得たときに、私にはやっとこのことがわかった。この苦労が次の苦労を生んだのである。ありのままのおのれを卒直に投げ出すような気持ちになれるために、作者も主人公もあのような苦労を積み重ねなくてはならな・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫