一 白襷隊 明治三十七年十一月二十六日の未明だった。第×師団第×聯隊の白襷隊は、松樹山の補備砲台を奪取するために、九十三高地の北麓を出発した。 路は山陰に沿うていたから、隊形も今日は特別に、四列側面の行・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ 四三 発火演習 僕らの中学は秋になると、発火演習を行なったばかりか、東京のある聯隊の機動演習にも参加したものである。体操の教官――ある陸軍大尉はいつも僕らには厳然としていた。が、実際の機動演習になると、時々命令に間・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・ 謙三郎もまた我国徴兵の令に因りて、予備兵の籍にありしかば、一週日以前既に一度聯隊に入営せしが、その月その日の翌日は、旅団戦地に発するとて、親戚父兄の心を察し、一日の出営を許されたるにぞ、渠は父母無き孤児の、他に繋累とてはあらざれども、・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・ もと近所に住んでいた古着屋の息子の新ちゃんで、朝鮮の聯隊に入営していたが、昨日除隊になって帰ってきたところだという。何はともあれと、上るなり、「嫁はんになったそうやな。なぜわいに黙って嫁入りしたんや」 と、新ちゃんは詰問した。・・・ 織田作之助 「雨」
・・・が、聯隊の経理室から出た俸給以外に紙幣が兵卒の手に這入る道がないことが明瞭であるにも拘らず、弱点を持っている自分の上に、長くかゝずらっている憲兵の卑屈さを見下げてやりたい感情を経験せずにはいられなかった。主計には頭が上らないから、兵卒のとこ・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・そこへ行くまでに、聯隊の鉄条網が張りめぐらされてあった。彼は、毎晩、その下をくぐりぬけ、氷で辷りそうな道を横切って、ある窓の下に立ったのであった。「ガーリヤ!」 彼は、指先で、窓硝子をコツコツ叩いた。肺臓まで凍りつきそうな寒い風が吹・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 商人は、ペーターが持っている二台の橇を聯隊の用に使おうとしているのであった。金はいくらでも出す、そう彼は持ちかけた。 ペーターは、日本軍に好意を持っていなかった。のみならず、憎悪と反感とを抱いていた。彼は、日本人のために理由なしに・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・先年の、川崎造船所のストライキに対して、歩兵第三十九聯隊が出動した。三十九聯隊の兵士たちは、神戸地方から入営している。自分の工場に於ける同志や、農村に於ける親爺や、兄弟が、食って行かなければならないために、また耕す土地を奪われないために、親・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・丁度、雪が積っているように白い、白鷺城を見上げながら、聯隊の前の道を歩いた。私の這入る聯隊は、城のすぐ下にあるのだ。 宿は、入営する者や、送って来た者やで、ひどくたてこんでいた。寝る時、蒲団が一畳ずつしかあたらなかった。私は親爺の分と合・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・そんなことをすれば一年内に、一個聯隊の兵士がみんな内地へ帰ってしまわなければならないだろう。だが、そんなことはさせまい。――このうちから幾人かはシベリアに残されるんだ。」さきから這入っている者はそういうことを考えた。 軽い負傷者は、・・・ 黒島伝治 「氷河」
出典:青空文庫