今日の社会状態において、婦人を家庭へ閉じこめて、社会の生活戦線における職業に進出することを防ぐことは不可能である。このことはたとい理想的社会が実現されたる暁においても、当為としての法則として、婦人の就職を妨げるいわれはない・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・私は再び人ごみの中にこそこそ隠れて行ったが、やはり妹に背中を押されて、こんどは運転台の下まで進出してしまった。その辺には、T君の両親が立っているだけである。「安心して行って来給え」私は大きい声で言った。T君の厳父は、ふと振り返って私の顔・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・島田の小説がこの数年来ちっとも発表されなくなったのも、この大戦で、小説家たちも軍需工場か何かに進出して行かざるを得なくなったからだろうくらいに考えていました。しかし、新作の小説が出なくても、私の手許には、以前の島田の本が何冊も残っています。・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・自分は現代の若い人々の中で最もすぐれた頭脳をもった人たちが、この大きな意義のある仕事に目をつけて、そうして現在の魔酔的雰囲気の中にいながらしかもその魔酔作用に打ち勝って新しい領土の開拓に進出することを希望してやまないものである。それには高く・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・しかし弱い弾性しか持たぬおしべは虻の努力に押しのけられて、虻の尻がその囲みを破って、少し外方に進出するとそこにちゃんとめしべの柱頭が待ち構えていたかのように控えているのである。そんな重大な役目を他人のために勤めたとは夢にも知らない虻は、ただ・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・しかし乙はその自由のためにかえって甲の先をくぐって積極的に進出する事もあるし、自分の自由を尊重すると同時に人の自由を尊重するという意味では利他的である。反対に乙型の人間から見れば甲型の人々は積極的なようではあるが、また無用な勢力の浪費者であ・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・そうして昨今国民の耳を驚かす非常時非常時の呼び声はいっそうこの方向への進出を促すように見える。 東京市全部の地図が美しい大公園になってそこに運動場や休息所がほどよく配置され、地下百尺二百尺の各層には整然たる街路が発達し、人工日光の照明に・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・ 二十二日午前六時には低気圧中心はもうオホツク海に進出して邦領カラフトの東に位し、そのために東北地方から北海道南部はいずれもほとんど真西の風となっている。それで発火後風向はだんだんに南々西から西へ西へと回転して行ったに相違ない。このこと・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・ ところが、今日、これらの題目は、この雑誌の上で、全く堂々とくりかえして、並んで進出している。しかも、その並びかたについて編輯者は、一つも所謂気の利いた工夫を加えていないらしい。粋とか、よい趣味とかいう人造香料をも加えていない。諸問題は・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・ フランスとドイツとの婦人たちが、欧州戦争であのように甚大な家庭の破壊を蒙った後、あらゆる部門に進出して一家の生活と社会の生産とのために働かなければならなくなっていることは、説明を要しない。 日本では、さらに工場労働者数の男女別で見・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
出典:青空文庫