・・・ むしろ故人と親しかった二、三の人が、故人の色々な方面に関する略歴や逸事のようなものを、誰にも分る普通の言葉で話して、そうして故人の追憶を新たに喚び起すようにした方がもう少し意味がありはしないか。 八 道・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・希臘語を解しプレートーを読んで一代の碩学アスカムをして舌を捲かしめたる逸事は、この詩趣ある人物を想見するの好材料として何人の脳裏にも保存せらるるであろう。余はジェーンの名の前に立留ったぎり動かない。動かないと云うよりむしろ動けない。空想の幕・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・是真の逸事にこう云う事がある。ある時是真は息と多勢の門人とを連れて吉原に往き、俄を見せた。席上には酒肴を取り寄せ、門人等に馳走した。然るに門人中坐容を崩すものがあったのを見て、大喝して叱した。遊所に足を容るることをば嫌わず、物に拘らぬ人で、・・・ 森鴎外 「細木香以」
出典:青空文庫