・・・フランクリンの凧の逸話は人口に膾炙しているが、一七五二年の九月の暴風雨のその一夜にいたる迄には、ギリシャ人たちが琥珀の玉をこすっては、軽いものを吸いつけさせて遊んでいた時代から二千年もの人類の歴史がつみ重ねられて来ている。電気――エレキへの・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・伊達政宗がわざと大酔して空寝入りをし、自分の大刀に錆の出ていることを盗見させた逸話は有名である。伊達模様という一つの流行語が作られ、今日までそれは日本の生きた言葉としてのこっている。その源泉は、やはりこの伊達の智慧であった。浪費と軽薄の表徴・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
・・・案内している三十四五の技師はその逸話を話し、「マア、我々の事業はこんな塩梅で進むんですな」と、いかにも楽しげに人好く笑った。ここでは、海の中へ、中へと掘りすすむほど良質な石油が量も沢山出るのが特徴なのだそうである。 櫓から眺める・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・祖母は全然逸話を持たない人であった。私の心に甦って来る事々も、皆、祖母自身から聞かされた、第三者には何の興味もない世帯の苦労話ばかりだ。例えば、祖母の右の腕は力がなく重い物が持てなかったその訳とか、姑で辛い思いを堪えた追憶だとか。出入りの者・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・この知識が偶然の功を奏して、当時富士見町の角屋敷に官職を辞していた老父のところへ、洋行がえりの同県人と称して来て五十円騙った男を追跡し、それをとりかえしたという逸話さえある。しかしながら、遽しく船出して見れば、境遇上故郷に走せる思いはおのず・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・ 私たちぐらいの年ごろの者が友達について語るといえば、今日の友達、世間のひとも面白く思いそうな逸話など男ならひとりでに書くのだろうが、こうして、友達というもののうつりかわりやそれに反映する女の生きかたの推移が心の前面を占めるところも、決・・・ 宮本百合子 「なつかしい仲間」
・・・て大層可哀そうがって、折からそこにいあわせた牧師を大人のように命令して手伝わせながら、その傷の手当をし、副木をつけてやるまでは満足しなかったというエピソードが、生れながら慈悲の女神であったフロレンスの逸話のようにつたえられている。が、この插・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・と驚いた平凡な市民の逸話からさえ、精鋭なプロレタリア作家はこんにちの抑圧的支配形態の偽瞞を曝露し得ることを理解しなければならないのである。 さて、ここまで書いてきて、十一月『中央公論』の「青年」続篇をひろげた。林は「青年」第二篇にお・・・ 宮本百合子 「文学に関する感想」
・・・主義の合理化、憧憬は、小林氏の心持をもつよく引いていて、この批評家もやっぱり文中に福沢諭吉の少年時代の逸話を引用して、近代の科学は「いつも人間的才能を機械的才能に代置するという危険な作業」を行っていると主張しているのである。 もとより具・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・ゲーテにふさわしい逸話として或る意味では伝説的な誇張をもって伝えられている。ゲーテの祭壇とサーシャの辻堂との間には殆ど一世紀近い歳月が流れている。ゴーリキイを憤怒させた哀れな中小僧サーシャの雀の聖骸の物語は欧州の科学的文化の進歩に対してロシ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫