・・・佐原の出で、なまじ故郷が近いだけに、外聞かたがた東京へ遁出した。姉娘があとを追って遁げて来て――料理屋の方は、もっとも継母だと聞きましたが――帰れ、と云うのを、男が離さない。女も情を立てて帰らないから、両方とも、親から勘当になったんですね、・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・さてそうなってから、急に我ながら、世にも怯えた声を出して、と云ってな、三反ばかり山路の方へ宙を飛んで遁出したと思え。 はじめて夢が覚めた気になって、寒いぞ、今度は。がちがち震えながら、傍目も触らず、坊主が立ったと思う処は爪立足をして・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・と身体を反返り、涎をなすりて逸物を撫廻し撫廻し、ほうほうの体にて遁出しつ。走り去ること一町ばかり、俄然留り振返り、蓮池を一つ隔てたる、燈火の影を屹と見し、眼の色はただならで、怨毒を以て満たされたり。その時乞食僧は杖を掉上げ、「手段のいかんを・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・……心中を仕損った、この人の、こころざし―― 私は門まで遁出したよ。あとをカタカタと追って返して、――それ、紅い糸を持って来た。縁結びに――白いのが好かったかしら、……あいては幻…… と頬をかすられて、私はこの中段ま・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
出典:青空文庫