・・・の字さんは翌年の夏にも半之丞と遊ぶことを考えていたそうです。が、それは不幸にもすっかり当が外れてしまいました。と言うのはその秋の彼岸の中日、萩野半之丞は「青ペン」のお松に一通の遺書を残したまま、突然風変りの自殺をしたのです。ではまたなぜ自殺・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・一たび如来のお弟子となれば、永久に生死を躍り越えて常寂光土に遊ぶことが出来るぞ。」 尼提はこう言う長者の言葉にいよいよ慇懃に返事をした。「長者よ。それはわたくしが悪かった訣ではございませぬ。ただどの路へ曲っても、必ずその路へお出にな・・・ 芥川竜之介 「尼提」
・・・ 唐土の昔、咸寧の吏、韓伯が子某と、王蘊が子某と、劉耽が子某と、いずれ華冑の公子等、相携えて行きて、土地の神、蒋山の廟に遊ぶ。廟中数婦人の像あり、白皙にして甚だ端正。 三人この処に、割籠を開きて、且つ飲み且つ大に食う。その人も無げな・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・「こういう時、こんな処へは岡沙魚というのが出て遊ぶ」 と渠は言った。「岡沙魚ってなんだろう」と私が聞いた。「陸に棲む沙魚なんです。蘆の根から這い上がって、其処らへ樹上りをする……性が魚だからね、あまり高くは不可ません。猫柳の・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・舟津の家なみや人のゆききや、馬のゆくのも子どもの遊ぶのも、また湖水の深沈としずかなありさまやが、ことごとく夢中の光景としか思えない。 家なみから北のすみがすこしく湖水へはりだした木立ちのなかに、古い寺と古い神社とが地つづきに立っている。・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・ 尤も私は飲んだり喰ったりして遊ぶ事が以前から嫌いだったから、緑雨に限らず誰との交際にも自ずから限度があったが、当時緑雨は『国会新聞』廃刊後は定った用事のない人だったし、私もまた始終ブラブラしていたから、懶惰という事がお互いの共通点とな・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・どうして自分の生涯を立てたかというに、村の人の遊ぶとき、ことにお祭り日などには、近所の畑のなかに洪水で沼になったところがあった、その沼地を伯父さんの時間でない、自分の時間に、その沼地よりことごとく水を引いてそこでもって小さい鍬で田地を拵えて・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・広場へ集まってきても、いままでのように、きゃっ、きゃっといって、遊ぶこともなくなりました。「あのフットボールは、どこへいったろうね。」と、一人がいいますと、「いいまりだったね。」と、ほかの一人が、なくなったまりをほめました。「あ・・・ 小川未明 「あるまりの一生」
・・・――そう思うのには、一つは勝子が我が儘で、よその子と遊ぶのにも決していい子にならないからでもあった。 それにしても勝子にはあの不公平がわからないのかな。いや、あれがわからないはずはない。むしろ勝子にとっては、わかってはいながら痩我慢を張・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・と呼びなされて、はては佐伯町附属の品物のように取扱われつ、街に遊ぶ子はこの童とともに育ちぬ。かくて彼が心は人々の知らぬ間に亡び、人々は彼と朝日照り炊煙棚引き親子あり夫婦あり兄弟あり朋友あり涙ある世界に同居せりと思える間、彼はいつしか無人の島・・・ 国木田独歩 「源おじ」
出典:青空文庫