・・・コロ/\と遊ぶんが好きで、見つけられては母におこられた。祖母が代りに草苅りをしてくれたりした。 十五六になった頃、鰯網は、五六カ月働いて、やっと三四十円しか取れなかったので、父はそれをやめて、醤油屋の労働をすることになった。僕は、鰯網の・・・ 黒島伝治 「自伝」
・・・ 伊豆や相模の歓楽郷兼保養地に遊ぶほどの余裕のある身分ではないから、房総海岸を最初は撰んだが、海岸はどうも騒雑の気味があるので晩成先生の心に染まなかった。さればとて故郷の平蕪の村落に病躯を持帰るのも厭わしかったと見えて、野州上州の山地や・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・あんさんがこっちにいたとき、よく息子の進とこさ遊ぶに来る来ると思ってだら、碌でもないことば教えて、引張りこみやがっただ。腕のいゝ旋盤工だから、んでなかったら、どんどん日給もあがって、えゝ給料取りになっていたんだ。」――それは他の人もそッと持・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・ごろうじろわれ金をもって自由を買えば彼また金をもって自由を買いたいは理の当然されば男傾城と申すもござるなり見渡すところ知力の世界畢竟ごまかしはそれの増長したるなれば上手にも下手にも出所はあるべしおれが遊ぶのだと思うはまだまだ金を愛しむ土臭い・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ どうかすると、私は子供と一緒になって遊ぶような心も失ってしまい、自分の狭い四畳半に隠れ、庭の草木を友として、わずかにひとりを慰めようとした。子供は到底母親だけのものか、父としての自分は偶然に子供の内を通り過ぎる旅人に過ぎないのか――そ・・・ 島崎藤村 「嵐」
私は遊ぶ事が何よりも好きなので、家で仕事をしていながらも、友あり遠方より来るのをいつもひそかに心待ちにしている状態で、玄関が、がらっとあくと眉をひそめ、口をゆがめて、けれども実は胸をおどらせ、書きかけの原稿用紙をさっそく取・・・ 太宰治 「朝」
・・・そして意気な女と遊ぶ夜を、寂しい我居間に閉じ籠っていて、書きものをした。 * * * 銀行員は遠く、いよいよ遠く故郷の空を離れて、見馴れぬ物という物を見て歩く。言い附けられた事は、きち・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・もっとも一つは年を取って神経が鈍くなったせいもあるかもしれないが、一つには自分が昔おどかされた雷の兄弟分と友達になって毎日のように一緒に遊ぶことになったためと思われる。こうして雷鳴に対する神秘的の恐ろしさがなくなりはしたが、たぶんその恐ろし・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
・・・「今でもやっぱり遊ぶのかね」「どうやら。家へあまりいらしゃらんさかえ。前かって、そうお金を費ったという方じゃないですもの」 道太は嫂たちが騒ぐのに対する「弁解だな」と思った。「ただあの人はああいう人ですから、どこでも知ってい・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・しめやかなランプの光の下に、私は母と乳母とを相手に、暖い炬燵にあたりながら絵草紙錦絵を繰りひろげて遊ぶ。父は出入りの下役、淀井の老人を相手に奥の広間、引廻す六枚屏風の陰でパチリパチリ碁を打つ。折々は手を叩いて、銚子のつけようが悪いと怒鳴る。・・・ 永井荷風 「狐」
出典:青空文庫