・・・といって、あの重吉が遊ぶとは、どうしても考えられない。むろん彼のようすにはじじむさいとか無骨すぎるとか、すべて粋の裏へ回るものは一つもなかった。けれども全面が平たく尋常にでき上がっているせいか、どことさして、ここが道楽くさいという点もまたま・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・その私の旅行というのは、人が時空と因果の外に飛翔し得る唯一の瞬間、即ちあの夢と現実との境界線を巧みに利用し、主観の構成する自由な世界に遊ぶのである。と言ってしまえば、もはやこの上、私の秘密について多く語る必要はないであろう。ただ私の場合は、・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ 子供は、吉田の首に噛りついたまま、おしゃるしゃんと遊ぶことを夢に見ながら、再び眠った。 中村は「困るなあ、困るなあ」と呟きながら、品物でも値切るように、クドクドと吉田を口説いた。 吉田の老い衰えた母は、蝸牛のように固くなっ・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・丁度花を持って遊ぶ子が、遊び倦てその花を打捨てしまうように、貴方はわたしを捨てておしまいなさいました。悲しい事にはわたくしは、その時になって貴方の心を繋ぐようなものを持っていませんでした。貴方の一番終いに下すったあの恐ろしいお手紙が届いた時・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・要するに健康な人は死などという事を考える必要も無く、又暇も無いので、唯夢中になって稼ぐとか遊ぶとかしているのであろう。 余の如き長病人は死という事を考えだす様な機会にも度々出会い、又そういう事を考えるに適当した暇があるので、それ等の為に・・・ 正岡子規 「死後」
・・・そしてしばらくだれか遊ぶ相手がないかさがしているようでした。けれどもみんなきょろきょろ三郎のほうはみていても、やはり忙しそうに棒かくしをしたり三郎のほうへ行くものがありませんでした。三郎はちょっと具合が悪いようにそこにつっ立っていましたが、・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ そんなことをして遊ぶ部屋の端が、一畳板敷になっていた。三尺の窓が低く明いている。壁によせて長火鉢が置いてあるが、小さい子が三人並ぶゆとりはたっぷりある。柿の花が散る頃だ。雨は屡々降ったと思う。余り降られると、子供等の心にも湿っぽさ・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・我学友はあるいは台湾に往き、あるいは欧羅巴に遊ぶ途次、わざわざ門司から舟を下りて予を訪うてくれる。中にはまた酔興にも東京から来て、ここに泊まって居て共に学ぶものさえある。我官僚は初の間は虚名の先ず伝ったために、あるいは小説家を以て予を待った・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・遊女街の中央でただ一軒伯母の家だけ製糸をしていたので、私は周囲にひしめき並んだ色街の子供たちとも、いつのまにか遊ぶようになったりした。 二番目の伯母は、私たちのいた同じ村の西方にあって、魚屋をしていた。この伯母一家だけはどの親戚たちから・・・ 横光利一 「洋灯」
・・・著者が一人旅の心を説くのも、我執に徹することによって我から脱却し、自然に遊ぶ境地に至らんがためであった。ただ我執の立場にとどまる旅行記からは、我々は何の感銘も受けることができない。脱我の立場において異境の風物が語られるとき、我々はしばしば驚・・・ 和辻哲郎 「『青丘雑記』を読む」
出典:青空文庫