小田原熱海間に、軽便鉄道敷設の工事が始まったのは、良平の八つの年だった。良平は毎日村外れへ、その工事を見物に行った。工事を――といったところが、唯トロッコで土を運搬する――それが面白さに見に行ったのである。 トロッコの・・・ 芥川竜之介 「トロッコ」
・・・聴けば、秋山さんはあれから四国の小豆島へ渡って丸金醤油の運搬夫をしているうちに、土地の娘と深い仲になったが、娘の親が大阪で拾い屋などしていた男には遣らぬと言って、引き離されてしまったので、やけになり世にすねたあげく、いっそこの世を見限ろうと・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・と差出したのは封紙のない手紙である、大友は不審に思い、開き見ると、前略我等両人当所に於て君を待つこと久しとは申兼候え共、本日御投宿と聞いて愉快に堪えず、女中に命じて膳部を弊室に御運搬の上、大いに語り度く願い候神崎朝田・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・そして、炭塵で真黒けになった日給三十銭の運搬華工や、ハッパをかける苦力がウヨウヨしていたね。その苦力の番だよ。夜があけると苦力は俺たちの銃剣を見てビクビクしだした。「なんだい! こんな苦力の番が何で必要があるんだい!」 俺は吐き出し・・・ 黒島伝治 「防備隊」
・・・そこは、何百年間、運搬に困るので、樹を伐ったことがなかった。路も分らなかった。川の少し下の方には、衛兵所のような門鑑があった。 そこから西へ、約三里の山路をトロッコがS町へ通じている。 住民は、天然の地勢によって山間に閉めこまれてい・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・ 故郷の人たちは、魚容が帰って来ても、格別うれしそうな顔もせず、冷酷の女房は、さっそく伯父の家の庭石の運搬を魚容に命じ、魚容は汗だくになって河原から大いなる岩石をいくつも伯父の庭先まで押したり曳いたり担いだりして運び、「貧して怨無きは難・・・ 太宰治 「竹青」
・・・一つ一つの石塊を切り出し、運搬し、そうしてかつぎ上げるのは容易でない。しかし噴火口から流れ出した熔岩は、重力という「鬼」の力で押されて山腹を下り、その余力のほんのわずかな剰余で冷却固結した岩塊を揉み砕き、つかみ潰して訳もなくこんなに積み上げ・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・近代になって、これが各種の伝染病菌の運搬者、播布者として、その悪名を宣伝されるようになり、その結果がいわゆる「蠅取りデー」の出現を見るにいたったわけである。著名の学者の筆になる「蠅を憎むの辞」が現代的科学的修辞に飾られて、しばしばジャーナリ・・・ 寺田寅彦 「蛆の効用」
・・・はじめは両足を重い荷物のようにひきずり歩いていたのが、おしまいには、両足が立派な独立の存在となって自分で自分を運搬するばかりか、楽々とからだのほうをかつぎ歩くようになって来た。この傾向がどこまでも続いたら、おしまいには昔話の仙人のように雲に・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・英語の vex はLの uehere に関係し「運搬」の意がありサンスクリトの vah から来たとある。日本でもオコルとオクルが似ているのと相対しておもしろい。hは往々khまたkに通じるから uehere と uokoru とはそれほど遠く・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
出典:青空文庫