・・・必ず泣く、といっても過言では無い。愚作だの、傑作だのと、そんな批判の余裕を持った事が無い。観衆と共に、げらげら笑い、観衆と共に泣くのである。五年前、千葉県船橋の映画館で「新佐渡情話」という時代劇を見たが、ひどく泣いた。翌る朝、目がさめて、そ・・・ 太宰治 「弱者の糧」
・・・日本には、半可通ばかりうようよいて、国土を埋めたといっても過言ではあるまい。 もっと気弱くなれ! 偉いのはお前じゃないんだ! 学問なんて、そんなものは捨てちまえ! おのれを愛するが如く、汝の隣人を愛せよ。それからでなければ、どうにも・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・私はことし既に三十九歳になるのであるが、私のこれまでの文筆に依って得た収入の全部は、私ひとりの遊びのために浪費して来たと言っても、敢えて過言ではないのである。しかも、その遊びというのは、自分にとって、地獄の痛苦のヤケ酒と、いやなおそろしい鬼・・・ 太宰治 「父」
・・・いや、ほとんど無いと言っても過言ではない状態であった。けれども、新宿の若松屋のおかみさんは、僕の連れて行く客は、全部みな小説家であると独り合点している様子で、殊にも、その家の女中さんのトシちゃんは、幼少の頃より、小説というものがメシよりも好・・・ 太宰治 「眉山」
・・・痩型で、小柄な人であったが、その服装には、それこそいちぶのスキも無い、と言っても過言では無いくらいのもので、雨の日には必ずオーバーシュウズというものを靴の上にかぶせてはいて歩いていた。 なかなか笑わないひとで、その点はちょっと私には気づ・・・ 太宰治 「女神」
・・・ほとんど一世紀以前、日本の片隅に於て活版術を実用化せしもの既にありといっても過言で無い。そのほか、勾当の逸事は枚挙に遑なし。盲人一流の芸者として当然の事なれども、触覚鋭敏精緻にして、琉球時計という特殊の和蘭製の時計の掃除、修繕を探りながら自・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・科学全体としての飛躍的な進歩はただ後者によって成さるると云っても過言ではない。 西鶴を生んだ日本に、西鶴型の科学者の出現を望むのは必ずしも空頼めでないはずであるが、ただそういう型の学者は時にアカデミーの咎めを受けて成敗される危険がないと・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・としての存在を享楽しているだけである、と言ってもあまりはなはだしい過言とは思われない状態である。このような状態は○○などにおいて特に顕著なようである。 科学に関する理解のはなはだ薄い上長官からかなり無理な注文が出ても、技師技手は、それは・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 水滴の合流するしかたの統計的方則に関しては現在の物理学はほとんど無能に近いと言っても過言ではない。これに類する多くの問題は至るところに散在している。たとえば本誌の当号に掲載された田口たぐちりゅうざぶろう氏の「割れ目」の分布の問題、リヒ・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
・・・これはあるいは誇大の過言であるとしても、われわれは新聞の概念的社会記事から人間界自然界における新しき何物かを発見しうる見込みはほとんど皆無と言ってよい。しかるに一見なんでもないような市井の些事を写したニュース映画を見ているときに、われわれお・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
出典:青空文庫