・・・しかし泳ぎの達人であった王は、盾の下で鎖帷子を脱ぎ捨てここを逃げのびてヴェンドランドの小船に助けられたといううわさも伝えられた。ともかくも王の姿が再びノルウェーに現われなかったのは事実である。 すぐれた英雄の戦没した後に、こういううわさ・・・ 寺田寅彦 「春寒」
・・・いかなる才子・達人にても、人に学ばずして自から得たるためしあることを聞かず。教育は全国一般にあまねくすべきものなり。 教育の大切なることかくの如し。国中一般に行届きて、誰れも彼れも学者に仕立たきことなれども、今日の事業において決して行わ・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・生活と闘いの達人となってゆこうと努力しているわたしたちにとって、理論と行動、思想性と階級性というようなものは、ひっくるめた新しいヒューマニズムとして、すっかり身体の中に入ってしまっていて、それはわたしたちのリズムであり、センスであるところま・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・あなたが、私について、一層生活の達人になるようはげまして下さること、本当にありがとう。そのことは、近来自分でも益はっきり感じて居ることでした。何故なら一昨年の六月以後去年の五月までの間に一昨年の九月頃まで体が悪くていたにもかかわらず、一冊の・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・今日、ヒューマニズムがトルストイの人道主義でも、ニイチェの達人主義でもあり得ないことは自明である。きょうの私たちの生きる社会の現実の裡にあっては、悪質な反動として民衆の一般化・全体化観念に対して、民衆そのものの内的要因としての反動性と進歩性・・・ 宮本百合子 「全体主義への吟味」
・・・何かで、下駄の前歯が減るうちは、真の使い手になれぬと剣道の達人が自身を戒めている言葉をよんだ。 マヤコフスキーの靴の爪先にうたれた鋲は、彼の先へ! 先へ! 常に前進するソヴェト社会の更に最前線へ出ようと努力していた彼の一生を、実に正直に・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・生活の達人たちは皆この原理を体得した人々である。河合栄治郎氏が、氏としての熱誠を傾けたこの論文の中で、若き時代に健全な人間性を取り戻すためには、従来の意味での形而上学的の理想主義の人生観を彼等の中に確立させてやらねばならないと主張しておられ・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
・・・ 幸田露伴という文人の、博学であったが封建性を脱げなかった常識的達人の鋳型を、やわらかい女の体と精神にしっかりと鋳りつけられた幸田文の文筆は、あまり特異である。文学にまで及んだ家長制について深く考えさせるものがある。 関村つる子、由・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
・・・ 若き世代は、生活の達人でなければならない。世わたり上手が洞察のできない歴史性の上で、生活の練達者とならなければならない。恋愛や結婚が人間の人格完成のためにある、といえばそれは一面の誇大であるが、真の愛の情熱は驚くばかりに具体的なもので・・・ 宮本百合子 「若き世代への恋愛論」
・・・かの風流の達人として赦された芭蕉の最後の苦痛は何んであったか。曾ては彼があれほども徹した生活の感覚化への陶酔が、彼にあっては終に自身の高き悟性故に自縛の綱となった。それが彼の残した大いなる苦悶であった。此の潜める生来の彼の高貴な稟性は、終に・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫