・・・そう云う動物を生かして置いては、今日の法律に違うばかりか、一国の安危にも関る訣である。そこで代官は一月ばかり、土の牢に彼等を入れて置いた後、とうとう三人とも焼き殺す事にした。(実を云えばこの代官も、世間一般の人々のように、一国の安危に関・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・融通のきかないのをいいことにして仙人ぶってるおまえたちとは少し違うんだから。……ところで九頭竜が大部頭を縦にかしげ始めた。まあ来てごらんなさいといったら、それではすぐ上がりますといった。……ところで、これからがほんとうの計略になるんだが、…・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・第一劇場からして違うよ』『一里四方もあるのか?』『莫迦な事を言え。先ず青空を十里四方位の大さに截って、それを圧搾して石にするんだ。石よりも堅くて青くて透徹るよ』『それが何だい?』『それを積み重ねて、高い、高い、無際限に高い壁・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・ ああ、人間に恐れをなして、其処から、川筋を乗って海へ落ち行くよ、と思う、と違う。 しばらく同じ処に影を練って、浮いつ沈みつしていたが、やがて、すいすい、横泳ぎで、しかし用心深そうな態度で、蘆の根づたいに大廻りに、ひらひらと引き返す・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ そりゃ境遇が違えば、したがって心持ちも違うのが当然じゃと、無造作に解決しておけばそれまでであるけれど、僕らはそれをいま少し深く考えてみたいのだ。いちじるしき境遇の相違は、とうていくまなくあい解することはできないにしても、なるべくは解し・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・時勢が違うので強ち直ちに気品の問題とする事は出来ないが、当時の文人や画家は今の小説家や美術家よりも遥かに利慾を超越していた。椿岳は晩年画かきの仲間入りをしていたが画かき根性を最も脱していた。椿岳の作品 が、画かき根性を脱していて、画・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・「油ばかりお前のものであれば本を読んでもよいと思っては違う、お前の時間も私のものだ。本を読むなどという馬鹿なことをするならよいからその時間に縄を綯れ」といわれた。それからまた仕方がない、伯父さんのいうことであるから終日働いてあとで本を読んだ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・しかしどなただって、わたくしに、お前の愛しようは違うから、別な愛しようをしろと仰しゃる事は出来ますまい。あなたの心の臓はわたくしの胸には嵌まりますまい。またわたくしのはあなたのお胸には嵌まりますまい。あなたはわたくしを、謙遜を知らぬ、我慾の・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・「あれはあたりまえの船と違うようだ。きっと幽霊船であるかもしれない。」といったものもありました。そして幽霊船というものは見るものでないといって、町の人々はだんだん家の方へ帰りました。 すると不思議なことには、ちょうどその日から、・・・ 小川未明 「黒い旗物語」
・・・擦違うと、干鯣のような匂のする女だ。 階下へ降りてみると、門を開放った往来から見通しのその一間で、岩畳にできた大きな餉台のような物を囲んで、三四人飯を食っていた。めいめいに小さな飯鉢を控えて、味噌汁は一杯ずつ上さんに盛ってもらっている。・・・ 小栗風葉 「世間師」
出典:青空文庫