・・・』『薬が足りないのだろうよ、今夜あたりお神さんにそう言って二合も増やしておもらいな。』『違えねえ、懐が寒くならアヒヒヒヒ』と妙な声で笑った。 三 その夜八時過ぎでもあろうか、雨はしとしと降っている、踏切の・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・『大ぶんお歳がゆきましたね、』思わず同情の言葉が意味を違えて放たれた。『なに、これでまだまだ君なんかより丈夫だろう。この酒は上等だわイ。』『白馬とは違いますよ、ハハハハハハ』と、自分はふと口をすべらした。何たる残刻無情の一語ぞ、・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・それと引違えて徐に現れたのは、紫の糸のたくさんあるごく粗い縞の銘仙の着物に紅気のかなりある唐縮緬の帯を締めた、源三と同年か一つも上であろうかという可愛らしい小娘である。 源三はすたすたと歩いていたが、ちょうどこの時虫が知らせでもしたよう・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・この雨はもう直あがるに違えねえのですから参りました。御伴をしたいともいい出せねえような、まずい後ですが。」 「アアそうか、よく来てくれた。いや、二、三日お前にムダ骨を折らしたが、おしまいに竿が手に入るなんてまあ変なことだなア。」 「・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・と勘違えをしている。ポケットから燐寸を出して洋灯を点すと、「まあ、恐れ入ります」と藤さんは坐る。灯火に見れば、油絵のような艶かな人である。顔を少し赤らめている。「あしが一番あん」と章坊が着物を引っ抱えて飛びだすと、入れ違いに小母・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 旧時代のハイカラ岸田吟香の洋品店へ、Sちゃんが象印の歯みがきを買いに行ったら、どう聞き違えたものか、おかしなゴム製の袋を小僧がにやにやしながら持ち出したと言って、ひどくおかしがって話したことを思い出す。Sは口ごもって、ひどくはにかんだ・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・これらの色を一つ取りかえても、線を一つ引き違えても、もうだめだという気がする。 十歳ぐらいの男の子が二人来て後ろのほうで見ていた。「いいねえ」「いい色だねえ」などと言っているのがやはり子供らしい世辞のように聞こえた。遠慮深い小さな声で言・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・意味が全く違う。意味が違えば様子も違うのがもっともだといったような話であります。反対の例を挙げて今度は同じ事を逆に説明してみましょう。世間には芸術家という一種の職業がある。これはすこぶる気まぐれ商売で、共同的にはけっして仕事ができない性質の・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・してみると階級が違えば種類が違うという意味になってその極はどんな人間が世の中にあろうと不思議を挟む余地のないくらいに自他の生活に懸隔のある社会制度であった。したがって突拍子もない偉い人間すなわち模範的な忠臣孝子その他が世の中には現にいるとい・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・何を思い違えたんだい」「お前等三人は俺を威かしてここへ連れて来ただろう。そしてこんな女を俺に見せただろう。お前たちは此女を玩具にした挙句、未だこの女から搾ろうとしてるんだと思ったんだ。死ぬが死ぬまで搾る太い奴等だと思ったんだ」「まあ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
出典:青空文庫