・・・しかも僕の前後にいるのは大磯かどこかへ遠足に行ったらしい小学校の女生徒ばかりだった。僕は巻煙草に火をつけながら、こう云う女生徒の群れを眺めていた。彼等はいずれも快活だった。のみならず殆どしゃべり続けだった。「写真屋さん、ラヴ・シインって・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・僕はかつてこういうことがある、家弟をつれて多摩川のほうへ遠足したときに、一二里行き、また半里行きて家並があり、また家並に離れ、また家並に出て、人や動物に接し、また草木ばかりになる、この変化のあるのでところどころに生活を点綴している趣味のおも・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・ 七 遠足に疲れた生徒が、泉のほとりに群がって休息しているように、兵士が、全くだれてしまった態度で、雪の上に群がっていた。何か口論をしていた。「おい、あっちへやれ。」 大隊長はイワン・ペトロウイチに云った・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・釣りだ遠足だと言って日曜ごとに次郎もじっとしていなかった時代だ。いったい、次郎はおもしろい子供で、一人で家の内をにぎやかしていた。夕飯後の茶の間に家のものが集まって、電燈の下で話し込む時が来ると、弟や妹の聞きたがる怪談なぞを始めて、夜のふけ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ 男の子にはたのしい遠足でした。はだしのまま歩いていくと、往来の白いほこりの上に足のあとがつきました。うしろをふりかえって見ると、じぶんのその足あとがながくつづいています。足あとは、どこまでもじぶんに、ついて来てくれるように見えました。・・・ 鈴木三重吉 「岡の家」
・・・なんて、やっぱり、小学生が遠足に出かける時みたいな、はしゃいだ調子の文章になってしまったが、仕事が楽しいという時期は一生に、そう度々あるわけでもないらしいから、こんな浮わついた文章も、記念として、消さずにそのまま残して置こう。 右大臣実・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・ 乗り込んだ汽車はどこかの女学校の遠足で満員であった。汽車が動きだすと一団の生徒らは唱歌を歌いだした。それはなんの歌だかわからないが、二部の合唱で、静かな穏やかな清らかな感じのするものであった。汽車のゴーゴーという単調な重々しい基音の上・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・そうかと思うとまた反対に向うへ行く人々の中には写真機を下げて遠足にでも行くような呑気そうな様子の人もあった。浅草の親戚を見舞うことは断念して松住町から御茶の水の方へ上がって行くと、女子高等師範の庭は杏雲堂病院の避難所になっていると立札が読ま・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・箱根は二十年も昔水産関係の用向きで小田原へ行ったついでに半日の暇を盗んで小涌谷まで行ったのと、去年の春長尾峠まで足を使わない遠足会の仲間入りをした外にはほとんど馴染のない土地である。それで今度は未見の箱根町まで行って湖畔で昼飯でも食って来よ・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・自分よりは一つ年上の甥のRと二人で高知から室戸岬まで往復四、五日の遠足をした。その頃はもちろん自動車はおろか乗合馬車もなく、また沿岸汽船の交通もなかった。旅行の目的は、もしも運がよかったら鯨を捕る光景が見られるというのと、もう一つは、自分の・・・ 寺田寅彦 「初旅」
出典:青空文庫