・・・悪念、邪心に、肝も魂も飛上って……あら神様で、祟の鋭い、明神様に、一昨日と、昨日、今日……」 ――誓ただひとりこの御堂に――「独り居れば、ひとり居るほど、血が動き、肉が震えて、つきます息も、千本の針で身体中さすようです。――前刻も前・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・と、ばけものは、人の慾に憑いて邪心を追って来たので、優い婦は幻影ばかり。道具屋は、稚いのを憐れがって、嘘で庇ってくれたのであろうも知れない。――思出すたびに空恐ろしい気がいつもする。 ――おなじ思が胸を打った。同時であった、――人気勢が・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・相手が金持ちであるとか権力家であるとかということだけでそれに近づくのを回避するのは、まだこちらに邪心のある証拠である。ためにする気持ちが全然なければ、相手が金持ちであろうと貧乏人であろうと、大臣であろうと小使であろうと、少しも変わりはない。・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫