・・・ 東京の物の本など書く人たちは、田園生活とかなんとかいうて、田舎はただのんきで人々すこぶる悠長に生活しているようにばかり思っているらしいが、実際は都人士の想像しているようなものではない。なまけ者ならば知らぬ事、まじめな本気な百姓などの秋・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 秋の中過、冬近くなると何れの海浜を問ず、大方は淋れて来る、鎌倉も其通りで、自分のように年中住んで居る者の外は、浜へ出て見ても、里の子、浦の子、地曳網の男、或は浜づたいに往通う行商を見るばかり、都人士らしい者の姿を見るのは稀なのである・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・いよいよその時代が来るころには、あるいは草木染めの手織り木綿が最もスマートな都人士の新しい流行趣味の対象となるという奇現象が起こらないとも限らない。銀座で草木染めが展観されデパートで手織り木綿が陳列されるという現象がその前兆であるかもわから・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・こういう生活は少なくとも大多数の日本の都人士には到底了解のできない不思議な生活である。 ベナレスの聖地で難行苦行を生涯の唯一の仕事としている信徒を、映画館から映画館、歌舞伎から百貨店と、享楽のみをあさり歩く現代文明国の士女と対照してみる・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ アランの島民たちと、現にこの映画を見ている都人士とで、人生というものの概念がどれくらいちがうであろうか、というようなことも考えさせられた。 とにかくこうした映画は別にどうといって説明することのむつかしい、しかしわれわれの生涯にとっ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・ 六国史などを読んで、奈良朝の昔にシナ文化の洪水が当時の都人士の生活を浸したころの状態をいろいろに想像してみると、おそらく今の東京とかなり共通な現象を呈していたのではないかと思われることがしばしばある。惜しいことにそのころの写真が残って・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・軽井沢の町や新軽井沢の林間を歩いていて行き会う都人士は、みんななんとなく新軽井沢らしい顔と服装とをしている。若い女どうしは近よりながら、互いに用心深くお互いを偵察し合いながら行き違う。そうして何かしら小さな観察をし小さな発見をすることによっ・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・の詩には現代の若い都人士などには想像することさえ困難であろうと思われるような古い古い「民族的記憶」といったようなものが含まれているような気がする。それは万葉集などよりはもっと古い昔の詩人の夢をおとずれた東方原始民の詩であり歌であったのではな・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・京中都人士ガ行楽ノ地、実ニ此ヲ以テ最第一トナス。」 上野の桜は都下の桜花の中最早く花をつけるものだと言われている。飛鳥山隅田堤御殿山等の桜はいずれも上野につぐものである。之を小西湖佳話について見るに、「東台ノ一山処トシテ桜樹ナラザルハ無・・・ 永井荷風 「上野」
・・・しかし大正の都人士に対しては石碑の文の如きは全く顧る所とならなかった。 江戸時代隅田堤看花の盛況を述るものは、大抵寺門静軒が『江戸繁昌記』を引用してこれが例証となしている。風俗画報社の『新撰東京名所図会』もまた『江戸繁昌記』を引きこれを・・・ 永井荷風 「向嶋」
出典:青空文庫