・・・などと都合の好いことを主張していた。「そこを彼女のためにはいって来いよ。」「ふん、犠牲的精神を発揮してか?――だがあいつも見られていることはちゃんと意識しているんだからな。」「意識していたって好いじゃないか。」「いや、どうも・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・「さよう、とうからこの際には土地はいただかないことにして、金でお願いができますれば結構だと存じていたのでございますが……しかし、なに、これとてもいわばわがままでございますから……御都合もございましょうし……」「とうから」と聞きかえし・・・ 有島武郎 「親子」
・・・なるほどひと晩のことだから一つに纏めて現した方が都合は可いかも知れないが、一時間は六十分で、一分は六十秒だよ。連続はしているが初めから全体になっているのではない。きれぎれに頭に浮んで来る感じを後から後からときれぎれに歌ったって何も差支えがな・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ 先刻もいう通り、私の死んでしまった方が阿母のために都合よく、人が世話をしようと思ったほどで、またそれに違いはなかったんですもの。 実際私は、貴女のために活きていたんだ。 そして、お民さん。」 あるじが落着いて静にいうのを、・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ それですからって、あんな所へ牛を置いて届けても来ないのは不都合じゃないか。 無情冷酷……しかも横柄な駅員の態度である。精神興奮してる自分は、癪に障って堪らなくなった。 君たちいったいどこの国の役人か、この洪水が目に入らないのか・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ それにしても、今、吉弥を紹介しておく方が、僕のいなくなった跡で、妻の便利でもあろうと思ったから、――また一つには、吉弥の跡の行動を監視させておくのに都合がよかろうと思ったから――吉弥の進まないのを無理に玉をつけて、晩酌の時に呼んだ。料・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・研究報告書は経費の都合上十分抱負が実現されなかったが、とにかく鴎外時代となって博物館から報告書が発行されるようになったのは日本の博物館の一進歩である。鴎外は各国博物館の業績に深く潜思して、就任後一、二回落合った偶然の咄のついでにも抱負の一端・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ この街は、この国の一番の都でありまして、人々はそのほりの中にすんでいる魚を捕ることができなく、また下りている鳥を撃つことができないおきてでありましたから、かもめには、このうえなく都合がよく、暮らしいいところでありました。 ほりの中・・・ 小川未明 「馬を殺したからす」
・・・「ええ、それは見せました、こないだ私がお宅から帰ると、都合よくちょうど先の人が来合わせたものですから」「それで、御覧なさいましてどんなお口振りでした?」「別にその時は……何しろ急いでいたものですからね、とにかく借してくれってその・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ あくる日、金助が軽部を訪れて、「ひとり娘のことでっさかい、養子ちゅうことにしてもらいましたら……」 都合がいいとは言わせず、軽部は、「それは困ります」 と、まるで金助は叱られに行ったみたいだった。 やがて、軽部は小・・・ 織田作之助 「雨」
出典:青空文庫