・・・あるいはまた一晩中、秦淮あたりの酒家の卓子に、酒を飲み明かすことなぞもある。そう云う時には落着いた王生が、花磁盞を前にうっとりと、どこかの歌の声に聞き入っていると、陽気な趙生は酢蟹を肴に、金華酒の満を引きながら、盛んに妓品なぞを論じ立てるの・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・ 父も若い時はその社交界の習慣に従ってずいぶん大酒家であった。しかしいつごろからか禁酒同様になって、わずかに薬代わりの晩酌をするくらいに止まった。酒に酔った時の父は非常におもしろく、無邪気になって、まるで年寄った子供のようであった。その・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・ 主人の語るところによると、この哀れなきょうだいの父親というは、非常な大酒家で、そのために命をも縮め、家産をも蕩尽したのだそうです。そして姉も弟も初めのうちは小学校に出していたのが、二人とも何一つ学び得ず、いくら教師が骨を折ってもむだで・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・ 私の死んだ父が大酒家で、そのせいか私は、夫よりもお酒が強いくらいなのです。結婚したばかりの頃、夫と二人で新宿を歩いて、おでんやなどにはいり、お酒を飲んでも、夫はすぐ真赤になってだめになりますが、私は一向になんとも無く、ただすこし、どう・・・ 太宰治 「おさん」
出典:青空文庫