・・・大きな酒屋で小僧が入り用だというから、そこへ龍雄をやってはどうだ。」といいました。両親は、おじいさんの世話だから、安心してすぐにやることに決めました。「龍雄や、今度はしんぼうしなければならんぞ。」と父親はいいました。 龍雄は・・・ 小川未明 「海へ」
・・・の季節で、ビールに代って酒もよく出た。酒屋の払いもきちんきちんと現金で渡し、銘酒の本鋪から、看板を寄贈してやろうというくらいになり、蝶子の三味線も空しく押入れにしまったままだった。こんどは半分以上自分の金を出したというせいばかりでもなかった・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・私宅だって金庫を備えつけて置くほどの酒屋じゃアなし、ハッハッハッハッハッハッ。取られる時になりゃ私の処だって同じだ。大井様は済んだとして、後の二軒は誰が行く筈になっています」「午後私が廻る積りです」 升屋の老人は去り、自分は百円の紙・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・炭を買うから少ばかり貸せといったら一俵位なら俺家の酒屋で取って往けと大なこと言うから直ぐ其家で初公の名前で持て来たのだ。それだけあれば四五日は保るだろう」「まアそう」と言ってお源はよろこんだ。直ぐ口を明けて見たかったけれど、先ア後の事と・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・理髪所の裏が百姓家で、牛のうなる声が往来まで聞こえる、酒屋の隣家が納豆売の老爺の住家で、毎朝早く納豆納豆と嗄声で呼んで都のほうへ向かって出かける。夏の短夜が間もなく明けると、もう荷車が通りはじめる。ごろごろがたがた絶え間がない。九時十時とな・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・夫婦の間とはいえ男はさすが狼狙えて、女房の笑うに我からも噴飯ながら衣類を着る時、酒屋の丁稚、「ヘイお内室ここへ置きます、お豆腐は流しへ置きますよ。と徳利と味噌漉を置いて行くは、此家の内儀にいいつけられたるなるべし。「さあ、お前は・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・三島には高部佐吉さんという、私より二つ年下の青年が酒屋を開いて居たのです。佐吉さんの兄さんは沼津で大きい造酒屋を営み、佐吉さんは其の家の末っ子で、私とふとした事から知合いになり、私も同様に末弟であるし、また同様に早くから父に死なれている身の・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・毎日、毎日、訪問客たちの接待に朝から晩までいそがしく、中には泊り込みの客もあって、遊び歩くひまもなかったし、また、たまにお客の来ない日があっても、そんなときには、家の大掃除をはじめたり、酒屋や米屋へ支払いの残りについて弁明してまわったりして・・・ 太宰治 「花燭」
・・・談たまたま佳境に入ったとたんに、女房が間抜顔して、もう酒は切れましたと報告するのは、聞くほうにとっては、甚だ興覚めのものであるから、もう一升、酒屋へ行って、とどけさせなさい、と私は、もっともらしい顔して家の者に言いつけた。酒は、三升ある。台・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・ 入場したときは三勝半七酒屋の段が進行していた。 人形そのものの形態は、すでにたびたび実物を展覧会などで見たりあるいは写真で見たりして一通りは知っていたのであるが、人形芝居の舞台装置のことについては全く何事も知らなかったので、まず何・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
出典:青空文庫