・・・そうして何か冗談を云っては、お蓮の顔を覗きこむと、突然大声に笑い出すのが、この男の酒癖の一つだった。「いかがですな。お蓮の方、東京も満更じゃありますまい。」 お蓮は牧野にこう云われても、大抵は微笑を洩らしたまま、酒の燗などに気をつけ・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・十五の年から茶屋酒の味をおぼえて、二十五の前厄には、金瓶大黒の若太夫と心中沙汰になった事もあると云うが、それから間もなく親ゆずりの玄米問屋の身上をすってしまい、器用貧乏と、持ったが病の酒癖とで、歌沢の師匠もやれば俳諧の点者もやると云う具合に・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・中央に構えていた一人の水兵、これは酒癖のあまりよくないながら仕事はよくやるので士官の受けのよい奴、それが今おもしろい事を始めたところですと言う。何だと訊ねると、みんな顔を見合わせて笑う、中には目でよけいな事をしゃべるなと止める者もある。それ・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・葡萄酒のブランデーとかいう珍しい飲物をチビチビやって、そうして酒癖もよくないようで、お酌の女をずいぶんしつこく罵るのでした。 「お前の顔は、どう見たって狐以外のものではないんだ。よく覚えて置くがええぞ。ケツネのつらは、口がとがって髭があ・・・ 太宰治 「貨幣」
出典:青空文庫