・・・ どうやら商売の話らしい。もうけ口なら、部屋の汚なさなど問題でない。田島は、靴を脱ぎ、畳の比較的無難なところを選んで、外套のままあぐらをかいて坐る。「あなた、カラスミなんか、好きでしょう? 酒飲みだから。」「大好物だ。ここにあるのか・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ートの廊下をへんな声を挙げて走り狂い、今夜もまたあそこへ帰って寝るのかと思うと、心細さ限りなく、だんだん焼酎など飲んで帰る度数がひんぱんになり、また友だちとの附き合い、作家との附き合いなどで、一ぱしの酒飲みになってしまいました。銀座のその雑・・・ 太宰治 「女類」
・・・お前もなかなかの酒飲みになったそうじゃないか。うわっはっはっは」 私は苦笑し、お茶を注いで出した。「お前は俺と喧嘩した事を忘れたか? しょっちゅう喧嘩をしたものだ」「そうだったかな」「そうだったかなじゃない。これ見ろ、この手・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・ 私は、私に酒飲みの素質があることを知った。一杯のんで、すでに酔った。二杯のんで、さらに酔った。三杯のんで、心から愉快になった。ちっとも気持がわるいことはないのである。断髪の少女が、今夜は私の傍につききりであった。いよいよ、気持がわるい・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・伯父の局長は酒飲みですから、何か部落の宴会が、その旅館の奥座敷でひらかれたりするたびごとに、きっと欠かさず出かけますので、伯父とその女中さんとはお互い心易い様子で、女中さんが貯金だの保険だのの用事で郵便局の窓口の向う側にあらわれると、伯父は・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・代を定め、食費その他の事に就いても妻の里のほうで損をしないように充分に気をつけ、また、私に来客のある時には、その家の客間を使わずに、私の仕事部屋のほうにとおすという事にしていたのであるが、しかし、私は酒飲みであり、また東京から遊びに来るお客・・・ 太宰治 「薄明」
・・・血統というものは恐ろしいものである。酒飲みの子供は、たいてい酒飲みである。頼朝だって、ただ猜疑心の強い、攻略一ぽうの人ではなかった。平治の乱に破れて一族と共に東国へ落ちる途中、当時十三歳の頼朝は馬上でうとうと居睡りをして、ひとり、はぐれた。・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・しかしだね、僕にこれをサントリイウイスキイだと言って百五十円でゆずってくれた人は、だ、いいかね、そのひとは、この村の酒飲みのさる漁師だが、このひと自身も、これをサントリイウイスキイという名前の、まことに高級なる飲み物であると信じ切っているん・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・ 義兄は大酒飲みである。家で神妙に働いている事は珍らしい。「姉さんはいるだろう。」「ええ、二階でしょう?」「あがるぜ。」 姉は、ことしの春に生れた女の子に乳をふくませ添寝していた。「貸してもいいって、兄さんは言ってい・・・ 太宰治 「犯人」
・・・そこに集って来ていた記者たちは、たいていひどいお酒飲みなのを私は噂で聞いて知っているのでした。けれども、飲まないのです。さすがの酒豪たちも、ウイスキイのドブロクは敬遠の様子でした。 私だけが酔っぱらい、「なんだい、君たちは失敬じゃあ・・・ 太宰治 「美男子と煙草」
出典:青空文庫