・・・立されておればつまり、地盤が出来ておれば、アンチテエゼの作品が堂々たるフォームを持つことができるのだが、日本のように、伝統そのものが美術工芸的作品に与えられているから、そのアンチテエゼをやっても、単に酔いどれの悔恨を、文学青年のデカダンな感・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・お酌の女は何の慾もなく、また見栄もなく、ただもう眼前の酔いどれの客を救おうとして、こん身の力で大尉を引き起し、わきにかかえてよろめきながら田圃のほうに避難します。避難した直後にはもう、神社の境内は火の海になっていました。 麦を刈り取った・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・僕には、酔いどれると万歳と叫びたてる悪癖があるのだ。 酒がよくなかった。いや、やっぱり僕がお調子ものだったからであろう。そのままずるずると僕たちのおかしなつきあいがはじまったのである。泥酔した翌る日いちにち、僕は狐か狸にでも化かされたよ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・いまだにこの老人のひしがれた胸をとくとく打ち鳴らし、そのこけた頬をあからめさせるのは、酔いどれることと、ちがった女を眺めながらあくなき空想をめぐらすことと、二つであった。いや、その二つの思い出である。ひしがれた胸、こけた頬、それは嘘でなかっ・・・ 太宰治 「逆行」
・・・ 二日目には、酔いどれの若い紳士が、一本買った。このお客は酔っていながら、うれい顔をしていた。「どれでもいい」 女の子は、きのうの売れのこりのその花束から、白い蕾をえらんでやったのである。紳士は盗むように、こっそり受け取った。・・・ 太宰治 「葉」
・・・勝治の酔いどれた歌声が聞えた。 節子と有原は、ならんで水面を見つめていた。「また兄さんに、だまされたような気が致します。七度の七十倍、というと、――」「四百九十回です。」だしぬけに有原が、言い継いだ。「まず、五百回です。おわびを・・・ 太宰治 「花火」
・・・不真面目な酔いどれ調にも似ているが、真理は、笑いながら語っても真理だ。この愚者のいつわらざる告白も、賢明なる読者諸君に対して、いささかでも反省の資料になってくれたら幸甚である。幼童のもて遊ぶ伊呂波歌留多にもあるならずや、ひ、人の振り見てわが・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・相も変らず酔いどれて、女房に焼きもちを焼いて、破廉恥の口争いをしたりして、まるで地獄だ。しかし、これもまた僕の現実。ああ、眠い。このまま眠って、永遠に眼が覚めなかったら、僕もたすかるのだがなあ。もし、もし。殺せ! うるさい! あっち・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・さっさと勘定すまして、酔いどれた数枝のからだを、片腕でぐいと抱きあげ、「立ち給え。いずれ、そんなことだろうと思っていた。たいへんな出世だ。さ、案内し給え。どこの男だ。さちよにそんなことさせちゃ、いけないのだ。」 円タクひろった。淀橋に走・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・酒を多く腹へいれさせまいという用心からであった。酔いどれたならば足がふらつき思わぬ不覚をとることもあろう。三年経った。大社のお祭りが三度来て、三度すぎた。修行がおわった。次郎兵衛の風貌はいよいよどっしりとして鈍重になった。首を左か右へねじむ・・・ 太宰治 「ロマネスク」
出典:青空文庫