・・・ハッハハ』『酷い男だ、君は』『だってそうじゃないか。そう何年も続けて夢を見ていた日にゃ、火星の芝居が初まらぬうちに、俺の方が腹を減らして目出度大団円になるじゃないか、俺だって青い壁の涯まで見たかったんだが、そのうちに目が覚めたから夢・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・あの焼あとというものは、どういうわけだか、恐しく蚊が酷い。まだその騒ぎの無い内、当地で、本郷のね、春木町の裏長屋を借りて、夥間と自炊をしたことがありましたっけが、その時も前の年火事があったといって、何年にもない、大変な蚊でしたよ。けれども、・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・「ほんとに酷い蠅ねえ、蚊が居なくッても昼間だって、ああして蚊帳へ入れて置かないとね、可哀そうなように集るんだよ。それにこうやって糊があるもんだからね、うるさいッちゃないんだもの。三ちゃん、お前さんの許なんぞも、やっぱりこうかねえ、浜へは・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・女同士のああした処は、しおらしいものですわね。酷いめに逢うのも知らないで。……ぽう、ぽっぽ――可哀相ですけど。……もう縁側へ出ましたよ。男が先に、気取って洋杖なんかもって――あれでしょう。三郎さんを突いたのは――帰途は杖にして縋ろうと思って・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・と咳をする下から、煙草を填めて、吸口をト頬へ当てて、「酷い風だな。」「はい、屋根も憂慮われまする……この二三年と申しとうござりまするが、どうでござりましょうぞ。五月も半ば、と申すに、北風のこう烈しい事は、十年以来にも、ついぞ覚えませ・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・そして言っておくが、皆の衆決して私 と、そういっておあるきなすッたそうさね、そして肝心のお邸を、一番あとまわしだろうじゃあないかえ、これも酷いわね。」 三「うっちゃっちゃあおかれない、いえ、おかれないどころじ・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・わ、何の事はない、お居間の瓦屋根が、波を打って揺れましたもの、それがまた目まぐるしく大揺れに揺れて、そのままひッそり静まりましたから、縁側の処へ駆けつけて、ちょうど出て参りましたお勢さんという女中に、酷い地震でございましたね、と謂いますとね・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・「ああ、酷いぞ。」 ハッと呼吸を引く。目口に吹込む粉雪に、ばッと背を向けて、そのたびに、風と反対の方へ真俯向けになって防ぐのであります。こういう時は、その粉雪を、地ぐるみ煽立てますので、下からも吹上げ、左右からも吹捲くって、よく言う・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・……私、ほんとに伊香保では、酷い、情ない目に逢ったの。 お前さんに逢って、皆忘れたいと思うんだから、聞いて頂戴。……伊香保でね――すぐに一人旦那が出来たの。土地の請負師だって云うのよ、頼みもしないのに無理に引かしてさ、石段の下に景ぶつを・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・上杉さん、あなたは酷い、酷い、酷いもの飲ませたから。」 と優しき、されど邪慳を装える色なりけり。心なき高津の何をか興ずる。「ねえ、ミリヤアドさん、あんなものお飲ませだからですねえ。新さんが悪いんだよ。」「困るねえ、何も。」と予は・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
出典:青空文庫