・・・これらの木橋を有する松江に比して、朱塗りの神橋に隣るべく、醜悪なる鉄のつり橋を架けた日光町民の愚は、誠にわらうべきものがある。 橋梁に次いで、自分の心をとらえたものは千鳥城の天主閣であった。天主閣はその名の示すがごとく、天主教の渡来とと・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・われを描いて、醜悪絶類ならしむるものは画工のさかしらなり。わがともがらは、皆われの如く、翼なく、鱗なく、蹄なし。況や何ぞかの古怪なる面貌あらん。」われ、さらに云いけるは、「悪魔にしてたとい、人間と異るものにあらずとするも、そはただ、皮相の見・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・淫売屋から出てくる自然主義者の顔と女郎屋から出てくる芸術至上主義者の顔とその表れている醜悪の表情に何らかの高下があるだろうか。すこし例は違うが、小説「放浪」に描かれたる肉霊合致の全我的活動なるものは、その論理と表象の方法が新しくなったほかに・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・年とって、感情が涸渇し、たゞ利害のみに敏く、羞恥をすら感ぜぬようになって、醜悪の姿をいつまでも晒らすものでない。こう真に、考えたことも、やはり、当時であったのでした。 たとえ、其の人の事業は、年をとってから完成するものだとはいうものゝ、・・・ 小川未明 「机前に空しく過ぐ」
・・・またこの社会を矛盾と醜悪の現実の彼岸に幻に描くことによって、私達の生活は頽廃と絶望から救われ、意義あるものとされているのであります。 何を措いても児童たちに、理想社会の全貌を彷彿させることが肝要であり、また芸術や、教育の任務でなければな・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
私達は、この社会生活にまつわる不義な事実、不正な事柄、その他、人間相互の関係によって醸成されつゝある詐欺、利欲的闘争、殆んど枚挙にいとまない程の醜悪なる事実を見るにつけ、これに堪えない思いを抱くのであるが、それがために、果して人間その・・・ 小川未明 「人間否定か社会肯定か」
・・・恋愛至上主義によって、結婚した男女は、いまや、幻滅の悲哀を感じて、いまゝで美しかったもの愛したものに、限りない憎悪と醜悪とを感じたのである。加うるに、最も自己の欲望を満足することが、意義ある生活だと考えたところから彼等は、家庭を破壊して、新・・・ 小川未明 「婦人の過去と将来の予期」
・・・ 六 ――凡そ何が醜悪だと言っても、川那子メジシン新聞広告ほど、醜悪なものはまたとあるまい。 丹造は新聞広告には金目を惜しまず、全国大小五十の新聞を利用して、さかんに広告を行った。一頁大の川那子メジシンの広告・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・しかし、この一ト月の間――というのはつまり、過ぐる三月の、日をいえば十三日の夜半、醜悪にして猪口才な敵機が大阪の町々に火の雨を降らせたその時から数えて今日まで丁度一ト月の間、見たり聴いたりして来た数々の話には、はや災害の中から「起ち上ろうと・・・ 織田作之助 「起ち上る大阪」
・・・それが彼の醜悪と屈辱の過去の記憶を、浄化するであろうと、彼は信じたのであった。彼は自分のことを、「空想と現実との惨ましき戦いをたたかう勇士ではあるまいか」と、思ったりした。そして今や現実の世界を遠く脚下に征服して、おもむろに宇宙人生の大理法・・・ 葛西善蔵 「贋物」
出典:青空文庫