・・・「――その話の人たちを見ようと思う、翁、里人の深切に、すきな柳を欄干さきへ植えてたもったは嬉しいが、町の桂井館は葉のしげりで隠れて見えぬ。――広前の、そちらへ、参ろう。」 はらりと、やや蓮葉に白脛のこぼるるさえ、道きよめの雪の影を散・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 村人よ、里人よ。その姿の、轍の陰にかくれるのが、なごり惜いほど、道は次第に寂しい。 宿に外套を預けて来たのが、不用意だったと思うばかり、小県は、幾度も襟を引合わせ、引合わせしたそうである。 この森の中を行くような道は、起伏凹凸・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ その寂寞を破る、跫音が高いので、夜更に里人の懐疑を受けはしないかという懸念から、誰も咎めはせぬのに、抜足、差足、音は立てまいと思うほど、なお下駄の響が胸を打って、耳を貫く。 何か、自分は世の中の一切のものに、現在、恁く、悄然、夜露・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・枝路のことなれば闊からず平かならず、誰が造りしともなく自然と里人が踏みならせしものなるべく、草に埋もれ木の根に荒れて明らかならず、迷わんとすること数次なり。山沿いの木下蔭小暗きあたりを下ること少時にして、橋立川と呼ぶものなるべし、水音の涼し・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ゾラは『田園』と題する興味ある小品によって、近頃の巴里人が都会の直ぐ外なるセエヌ河畔の風景を愛するようになったその来歴を委しく語って、偶然にも自分をして巴里人と江戸の人との風流を比較せしめた。 ゾラの所論によると昔の巴里人は郊外の風景に・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・竹の里人付記〔『日本』明治三十二年四月二十三日〕 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・つゝじ咲て石うつしたる嬉しさよ更衣八瀬の里人ゆかしさよ顔白き子のうれしさよ枕蚊帳五月雨大井越えたるかしこさよ夏川を越す嬉しさよ手に草履小鳥来る音嬉しさよ板庇鋸の音貧しさよ夜半の冬のごときこれなり。普通・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫