・・・銭はないけれど、ここにみごとなさんご樹と、きれいな星のような真珠と、重たい金の塊があります。私はなんでも暖かな食べ物を持っていって、お爺さんにあげたいと思います。」といいました。 すると、このときそこで酒を飲んでいた三、四人の若者は・・・ 小川未明 「黒い旗物語」
・・・画集の重たいのを取り出すのさえ常に増して力が要るな! と思った。しかし私は一冊ずつ抜き出してはみる、そして開けてはみるのだが、克明にはぐってゆく気持はさらに湧いて来ない。しかも呪われたことにはまた次の一冊を引き出して来る。それも同じことだ。・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・もので家の敷居を跨いでこの経由を話すと、叔母の顔は見る見る恐ろしくなって、その塩鯖の※包む間も無く朝早く目が覚めると、平生の通り朝食の仕度にと掛ったが、その間々にそろりそろりと雁坂越の準備をはじめて、重たいほどに腫れた我が顔の心地悪しさをも・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・汗をふきながら、「こんな厚い、重たい蒲団って始めてだ。親ッてこんな不孝ものにも、矢張りこんなに厚い蒲団を送って寄こすものかなア。」 俺はだまっていた。 独りになって、それを隅の方に積み重ねながら、本当にそれがゴワ/\していて重く・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ひる少しすぎたころ、だしぬけに黒雲が東北の空の隅からむくむくあらわれ二三度またたいているうちにもうはや三島は薄暗くなってしまい、水気をふくんだ重たい風が地を這いまわるとそれが合図とみえて大粒の水滴が天からぽたぽたこぼれ落ち、やがてこらえかね・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・一足室の中に踏み込むと、同時に、悪臭と、暑い重たい空気とが以前通りに立ちこめていた。 どう云う訳だか分らないが、今度は此部屋の様子が全で変ってるであろうと、私は一人で固く決め込んでいたのだが、私の感じは当っていなかった。 何もかも元・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・死ぬのなら、重たい屋根に押しつぶされる前に、扉と討死しようと考えた。 私は怒号した。ハンマーの如く打つかった。両足を揃えて、板壁を蹴った。私の体は投げ倒された。板壁は断末魔の胸のように震え戦いた。その間にも私は、寸刻も早く看守が来て、―・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・、一応独立した一個の働き手として見られている勤労婦人の毎日の生活の細部についてみれば、それぞれ職場での専門技術上の制約があり、男対女の慣習からのむずかしさがあり、更に家庭内のいきさつで女はまだまだ実に重たい二重の息づきで暮している。「は・・・ 宮本百合子 「徳永直の「はたらく人々」」
・・・むずかしい学問は、むずかしい職業は、いわば重たい金の枠だ。そういう基礎がおかれてこそ、はじめて瓶は一本立ちが出来るのだ」と考える。 必ずしも全面的に納得は出来ないこういう動機で医学生になった允子は、その専門学校を卒業する近くから、ひどく・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
出典:青空文庫