・・・感想文など、書こうと思えば、どんなにでも面白く、また、あとからあとから、いくらでも書けるもので、そんなに重宝なものでない。さきごろ、モンテエニュの随想録を読み、まことにつまらない思いをした。なるほど集。日本の講談のにおいを嗅いだのは、私だけ・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・何かある題目に関して広く文献を調べようという場合にはいろいろなエンチクロペディやハンドブーフという種類のものはなくてならない重宝なものであるが、少し立ち入ってほんとうの事が知りたくなればもうそんなものは役に立たない。つまりは個々のオリジナル・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・その人にとっては先ず全国の温泉案内書のようなものは甚だ重宝である。それで調べていよいよある温泉に行くとなると、今度はその温泉の案内に明るい人の話が聞きたくなるのである。前に述べた二種の権威者は丁度これに似たものである。前者については一つ一つ・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・それで、事によるとデパートのはやる理由のことごとくが必ずしも便利重宝一点張りのものでもないかもしれない。そうでないとすると小売り商の作戦計画にはこの点を考慮に入れなければなるまい。 デパートアルプスには、階段を登るごとに美しい物と人との・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・しかし『永代蔵』中の一節に或る利発な商人が商売に必要なあらゆる経済ニュースを蒐集し記録して「洛中の重宝」となったことを誌した中に、「木薬屋呉服屋の若い者に長崎の様子を尋ね」という文句がある。「竜の子」を二十両で買ったとか「火喰鳥の卵」を小判・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ような木造家屋は地震には比較的安全だが台湾ではすぐに名物の白蟻に食べられてしまうので、その心配がなくて、しかも熱風防御に最適でその上に金のかからぬといういわゆる土角造りが、生活程度のきわめて低い土民に重宝がられるのは自然の勢いである。もっと・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・近ごろの新しい画学生の間に重宝がられるセザンヌ式の切り通し道の赤土の崖もあれば、そのさきにはまた旧派向きの牛飼い小屋もあった。いわゆる原っぱへ出ると、南を向いた丘の斜面の草原には秋草もあれば桜の紅葉もあったが、どうもちょうどぐあいのいい所を・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・これが近ごろのこうした喜劇の一つの定型として重宝がられるらしい。しかしたまには笑いっ放しに笑わせてしまうのもあってはどうかと思われた。食事時間前の前菜にはなおさらである。 三番目「仇討輪廻」では、多血質、胆汁質、神経質とでも言うか、とに・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・余の如き財力の乏しいものには参考として甚だ重宝な出版である。文学において悲観した余はこの図譜を得たために多少心細い気分を取り直した。図譜中にある建築彫刻絵画ともに、あるものは公平に評したら下らないだろうと思う。あるものは『源氏物語』や近松や・・・ 夏目漱石 「『東洋美術図譜』」
・・・前に挙げた進化論と云う三字の言葉だけでも大変重宝なものであります。しかしながら彼ら学者にはすべてを統一したいという念が強いために、出来得る限り何でもかでも統一しようとあせる結果、また学者の常態として冷然たる傍観者の地位に立つ場合が多いため、・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
出典:青空文庫