・・・ と衝と立ったが、早急だったのと、抱いた重量で、裳を前に、よろよろと、お民は、よろけながら段階子。「謹さん。」「…………」「翌朝のお米は?」 と艶麗に莞爾して、「早く、奥さんを持って下さいよ。ああ、女中さん御苦労でし・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・大温にして小毒あり、というにつけても、普通、私どもの目に触れる事がないけれども、ここに担いだのは五尺に余った、重量、二十貫に満ちた、逞しい人間ほどはあろう。荒海の巌礁に棲み、鱗鋭く、面顰んで、鰭が硬い。と見ると鯱に似て、彼が城の天守に金銀を・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 中へ何を入れたか、だふりとして、ずしりと重量を溢まして、筵の上に仇光りの陰気な光沢を持った鼠色のその革鞄には、以来、大海鼠に手が生えて胸へ乗かかる夢を見て魘された。 梅雨期のせいか、その時はしとしとと皮に潤湿を帯びていたのに、年数・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ もうもう五宿の女郎の、油、白粉、襟垢の香まで嗅いで嗅いで嗅ぎためて、ものの匂で重量がついているのでございますもの、夢中だって気勢が知れます。 それが貴方、明前へ、突立ってるのじゃあございません、脊伸をしてからが大概人の蹲みます位な・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・手頃なのは大抵想像は付くけれども、かこみほとんど二尺、これだけの大きさだと、どのくらい重量があろうか。普通は、本堂に、香華の花と、香の匂と明滅する処に、章魚胡坐で構えていて、おどかして言えば、海坊主の坐禅のごとし。……辻の地蔵尊の涎掛をはぎ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ と金切声を出して、ぐたりと左の肩へ寄凭る、……体の重量が、他愛ない、暖簾の相撲で、ふわりと外れて、ぐたりと膝の崩れる時、ぶるぶると震えて、堅くなったも道理こそ、半纏の上から触っても知れた。 げっそり懐手をしてちょいとも出さない、す・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・快い猫の重量。温かいその蹠。私の疲れた眼球には、しみじみとした、この世のものでない休息が伝わって来る。 仔猫よ! 後生だから、しばらく踏み外さないでいろよ。お前はすぐ爪を立てるのだから。・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・―― その重さこそ常づね尋ねあぐんでいたもので、疑いもなくこの重さはすべての善いものすべての美しいものを重量に換算して来た重さであるとか、思いあがった諧謔心からそんな馬鹿げたことを考えてみたり――なにがさて私は幸福だったのだ。 どこ・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・ 鉱車は百三十貫ばかりの重量がある。手のさきや、肩で一寸押したぐらいではびくともしない。全身の力をこめて、うんと枕木を踏んばり、それで前へ押さなきゃならない。しかも力をゆるめるとすぐ止る。で、端から端まで、――女達のいるところから、ケー・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
一 帝展 帝展の洋画部を見ているうちに、これだけの絵に使われている絵具の全体の重量は大変なものであろうと考えた。その中に含まれている Pb だけでも夥しいものであろうと思われた。こんな事を考えるほどに近頃・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
出典:青空文庫