・・・両国の相撲の放送らしい。野球の場合とちがって野天ではなく大きな円頂蓋状の屋根でおおわれた空間の中であるだけに、観客群衆のどよみがよくきこえる。行司の古典的荘重さをもった声のひびきがちゃんと鉄傘下の大空間を如実に暗示するような音色をもってきこ・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・町はずれの草原や冬田の上で至るところにまね事の野球戦が流行した。ベースには蓆の切れ端やぞうきんで用が足りた。ボールがゴムまり、バットには手ごろの竹片がそこらの畑の垣根から容易に略奪された。しかし、それでは物足りない連中は、母親をせびった小銭・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
・・・ もう、水の中に入らねばしのげないという日盛りの暑さでもないのに、夕方までグラウンドで練習していた野球部の連中が、泥と汗とを洗い流し、且つは元気をも誇るために、例の湖へ出かけて泳いだ。 ところがその中の一人が、うまく水中に潜って見せ・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・斯う云ってはなんだか野球のようですが全くそうでした。そこで電鈴がずいぶん永く鳴りました。そのすきとおった音に私の興奮した心はもう一ぺん透明なニュウファウンドランドの九月というような気分に戻りました。みんなもそうらしかったのです。陳氏は「・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・諸君はテニスだの野球の競争だなんてことはやらない。けれども体のことならもうやりすぎるくらいやっている。けれどもどっちがさきに進むだろう。それは何といっても向うの方が進むだろう。そのときぼくらはひどい仕事をしたほかに、どうしてそれに追い付くか・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・どう編集していいかわからないらしくて、ともかく野球と冒険談でお茶をにごしているかとさえ思えます。 これは現代の中学生の生活の内容が、おとなとまじって、たいへん複雑になって来ている証拠です。十一府県の部分的な調査でさえ、中学生たちの中「働・・・ 宮本百合子 「親子いっしょに」
・・・などと叫ぶアナウンサアの声がわり込み、音楽と野球実景放送とがしばらくあやめも分らずもつれ合ったあげく、拡声器はブブブ、ヒューと、自身の愚劣さを嘲弄するように喚いて、終には一二分何も聞えないようになってしまうのであった。 ああいう沈黙生活・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・時事漫画に久夫でも描きそうな野球試合鳥瞰図があると思うと、西洋の女がい、男がい、それぞれに文句が附いているのであった。「晴れて嬉しい新世帯」都々逸のような見だしの下に、新夫婦が睦じそうにさし向いになっている。やがて口論の場面が来、最後には奇・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・新聞』は一貫して犯罪性を強調し、この裏に共産党ありと、あすにも犯人があがりそうに不安な雰囲気をかきたててきたが、今日の『読売』をみると一役すんだのだろう、国鉄中闘委員会左派十四名免職をトップに、あとは野球、囲碁へと注意を流している。 七・・・ 宮本百合子 「犯人」
出典:青空文庫