・・・ほんとうに図々しい野良犬ね。」などと、地だんだを踏んでいるのです。坊ちゃんも、――坊ちゃんは小径の砂利を拾うと、力一ぱい白へ投げつけました。「畜生! まだ愚図愚図しているな。これでもか? これでもか?」砂利は続けさまに飛んで来ました。中・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・すると大きい野良犬が一匹、饑えた眼を光らせながら、こう桃太郎へ声をかけた。「桃太郎さん。桃太郎さん。お腰に下げたのは何でございます?」「これは日本一の黍団子だ。」 桃太郎は得意そうに返事をした。勿論実際は日本一かどうか、そんなこ・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・やがて意地汚の野良犬が来て舐めよう。這奴四足めに瀬踏をさせて、可いとなって、その後で取蒐ろう。食ものが、悪いかして。脂のない人間だ。一の烏 この際、乾ものでも構わぬよ。二の烏 生命がけで乾ものを食って、一分が立つと思うか、高蒔絵のお・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・先刻も見ていりゃ、野良犬が嗅いで嗅放しで失せおった。犬も食わねえとはこの事だ。おのれ竜にもなる奴が、前世の業か、死恥を曝すは不便だ。――俺が葬ってやるべえ。だが、蛇塚、猫塚、狐塚よ。塚といえば、これ突流すではあんめえ。土に埋めるだな、土葬に・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・『平凡』では棄てられてクンクン鳴いていた犬の子を拾って育て上げたように書いてあるが、事実は役所の帰途に随いて来た野良犬をズルズルベッタリに飼犬としてしまったので、『平凡』にある通りな狐のような厭な犬であったから、家族は誰も嫌がって碌々関いつ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・日本橋一丁目で降りて、野良犬や拾い屋が芥箱をあさっているほかに人通りもなく、静まりかえった中にただ魚の生臭い臭気が漂うている黒門市場の中を通り、路地へはいるとプンプン良い香いがした。 山椒昆布を煮る香いで、思い切り上等の昆布を五分四角ぐ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・どこかで恵子がこの野良犬のようにほっつき廻っている彼を嘲笑っているように思われた。こういう気持の場合恵子のことを思うことだけでも彼はたまらなかった。 前から人が来た。彼とすれちがう時に、ハズミで、どしんと打ち当った。半纒を着た丈の高い労・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・カアは、傍で泣きそうな顔をしているのをちゃんと知っている。カアが片輪だということも知っている。カアは、悲しくて、いやだ。可哀想で可哀想でたまらないから、わざと意地悪くしてやるのだ。カアは、野良犬みたいに見えるから、いつ犬殺しにやられるか、わ・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・その頃は私も、おのずから次第にダメになり、詩を書く気力も衰え、八丁堀の路地に小さいおでんやの屋台を出し、野良犬みたいにそこに寝泊りしていたのですが、その路地のさらに奥のほうに、六十過ぎの婆とその娘と称する四十ちかい大年増が、焼芋やの屋台を出・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・普通の火事ならば大勢の人が集まっているであろうに、あたりには人影もなくただ野良犬が一匹そこいらにうろうろしていた。メートルとキログラムの副原器を収めた小屋の木造の屋根が燃えているのを三人掛りで消していたが耐火構造の室内は大丈夫と思われた。そ・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
出典:青空文庫