・・・ 夜ふかしは何、家業のようだから、その夜はやがて明くるまで、野良猫に注意した。彼奴が後足で立てば届く、低い枝に、預ったからである。 朝寝はしたし、ものに紛れた。午の庭に、隈なき五月の日の光を浴びて、黄金の如く、銀の如く、飛石の上から・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・早く横になれるところをと焦っても、旅館はおろか貸間を探すにも先ず安いところをという、そんな情ない境遇を悲しんでごたごたした裏通りを野良猫のように身を縮めて、身を寄せて、さまよい続けていたのだった。 やはり冬の、寒い夜だったと、坂田は想い・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・ 鳥をねらって来る野良猫が、足をどろだらけにして、尾をすぼめてノソノソといやな眼をして通って行く。 あんまり、貧乏くさい様子で、追う気もしない。 ころびそうな足元で庭を一順廻ると、温室のくもりガラスを透して、きんかんの黄色な実が・・・ 宮本百合子 「霜柱」
・・・そこでは野良犬や野良猫が生きて、死んでゆき、それらの犬猫の死骸の臭いが、雨や風の音の下で漂っている。 飢えないためにゴーリキイはヴォルガへ、波止場へ出かけて行った。独特な「私の大学」時代が始まった。波止場で十五哥、二十哥を稼ぐことは容易・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫