・・・これかのお通の召使が、未だ何人も知り得ざる蝦蟇法師の居所を探りて、納涼台が賭物したる、若干の金子を得むと、お通の制むるをも肯かずして、そこに追及したりしなり。呼吸を殺して従い行くに、阿房はさりとも知らざる状にて、殆ど足を曳摺る如く杖に縋りて・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・で、僕は妻に手紙を書き、家の物を質に入れて某の金子を調達せよと言ってやった。質入れをすると言っても、僕自身のはすでに大抵行っているのだから、目的は妻の衣服やその附属品であるので、足りないところは僕の父の家へ行って出してもらえと附け加えた。・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・平林たい子、金子洋文にも、それ/″\信州、秋田の農民を描いて、は握のたしかさを示したものがある。死んだ山本勝治には、階級闘争の中に生長した青年らしい新しさが幾分か作品の中に生かされようとしていた。 しかし、これらの作家によって、現在まで・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・持参の金子は、ほとんどその湯治代になってしまった模様であった。 以上は、先生の山椒魚事件の顛末であるが、こんなばかばかしい失敗は、先生に於いてもあまり例の無い事であって、山椒魚の毒気にやられたものと私は単純に解したいのであるが、「趣味の・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・私も、大兄お言いつけのものと同額の金子入用にて、八方狂奔。岩壁、切りひらいて行きましょう。死ぬるのは、いつにても可能。たまには、後輩のいうことにも留意して下さい。永野喜美代。」「先日は御手紙有難う。又、電報もいただいた。原稿は、どういう・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・木下君も来た、金子さんや真鍋さんも来てくれた。杉浦さんが学校の毛布を持って来てくれてその上へねかされた。そのうちに志んがやって来た。志んの顔には驚きと落着きとが一緒になっているように見えた。この教室の壁の中に妻の姿を見出した感じはよほど妙な・・・ 寺田寅彦 「病中記」
・・・それから帰りに奈良へ寄って其処から手紙をよこして、恩借の金子は当地に於て正に遣い果し候とか何とか書いていた。恐らく一晩で遣ってしまったものであろう。 併し其前は始終僕の方が御馳走になったものだ。其うち覚えている事を一つ二つ話そうか。正岡・・・ 夏目漱石 「正岡子規」
・・・手元の金子は、すべて、只今ご用立致しております」「いやいや、拙者が借りようと申すのではない。どうじゃ。金貸しは面白かろう」「へい、御冗談、へいへい。御意の通りで」「拙者に少しく不用の金子がある。それに遠国に参る所じゃ。預かってお・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
・・・市川房枝、金子しげりなどの婦人参政権獲得期成同盟会が成立したのは翌十三年のおしつまった十二月のことであり、いよいよ十四年普選案が両院を通過したと同時に、婦選の要望もきわめて一般的なひろがりをもちはじめた。 大正十五年二月には婦人参政建議・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・には前田河広一郎、青野季吉、金子洋文その他が残った。 一九二九年から世界経済恐慌につれて高揚して来た日本の階級闘争の現実に向って、「文戦」の右翼民主主義偏向はごまかしきれなくなって来た。プロレタリアと農民大衆の力に押されて「文戦」の内部・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
出典:青空文庫