・・・しく候えば、年末に相迫り相果て候を見られ候方々、借財等のため自殺候様御推量なされ候事も可有之候えども、借財等は一切無き某、厘毛たりとも他人に迷惑相掛け申さず、床の間の脇、押入の中の手箱には、些少ながら金子貯えおき候えば、荼だびの費用に御当て・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・その御返事はいずれ恩借の金子を持参した上で、改て申上げる。親しい間柄と云いながら、今晩わざわざ請待した客の手前がある。どうぞこの席はこれでお立下されい」と云った。 下島は面色が変った。「そうか。返れと云うなら返る。」こう言い放って立ちし・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・仲平は二十一の春、金子十両を父の手から受け取って清武村を立った。そして大阪土佐堀三丁目の蔵屋敷に着いて、長屋の一間を借りて自炊をしていた。倹約のために大豆を塩と醤油とで煮ておいて、それを飯の菜にしたのを、蔵屋敷では「仲平豆」と名づけた。同じ・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・片岡鉄兵氏及び金子洋文氏の作はまた構成派として優れて来た。構成派にあっては感覚はその行文から閃くことが最も少いのを通例とする。ここではパートの崩壊、積重、綜合の排列情調の動揺若くはその突感の差異分裂の顫動度合の対立的要素から感覚が閃き出し、・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫