・・・綾や絹は愚な事、珠玉とか砂金とか云う金目の物が、皮匣に幾つともなく、並べてあると云うじゃございませぬか。これにはああ云う気丈な娘でも、思わず肚胸をついたそうでございます。「物にもよりますが、こんな財物を持っているからは、もう疑はございま・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・ いずれ、金目のものではあるまいけれども、紅糸で底を結えた手遊の猪口や、金米糖の壷一つも、馬で抱き、駕籠で抱えて、長い旅路を江戸から持って行ったと思えば、千代紙の小箱に入った南京砂も、雛の前では紅玉である、緑珠である、皆敷妙の玉である。・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・なぜならほかに、売るような金目の品物は、なんにもなかったからです。「これを手放してしまえば、明日から、自分は、猟にゆくことができない。」と、思いましたが、妻が病気なら、そんなことをいっていられませんので、ある朝、鉄砲を持って、町へ出かけ・・・ 小川未明 「猟師と薬屋の話」
・・・この前はこの前であんな金目の物を貰うしまたどうもこんな結構なものを……」「なに、そんなに言いなさるほどの物じゃねえんで……ほんのお見舞いの印でさ」「まあせっかくだから、これはありがたく頂戴しておくが、これからはね、どうか一切こういう・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ 丹造は新聞広告には金目を惜しまず、全国大小五十の新聞を利用して、さかんに広告を行った。一頁大の川那子メジシンの広告がどこかの新聞に出ていない日は一日としてなかったくらいだ。しかも、単に尨大であるばかりでなく、そのあくどさに於いて、古今・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ しかし耕吉の眼には、どれもこれも立派なものばかしで、たいした金目のもののように見えた。その崋山の大幅というのは、心地よげに大口を開けて尻尾を振上げた虎に老人が乗り、若者がひいている図で、色彩の美しい密画であった。「がこれだってなか・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ さまざまな化粧品や、真珠のはまった金の耳輪や、蝶形のピンや、絹の靴下や、エナメル塗った踵の高い靴や、――そういう嵩ばらずに金目になる品々が、哈爾賓から河航汽船に積まれて、松花江を下り、ラホスースから、今度は黒竜江を遡って黒河へ運ばれて・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・彼女はやがて金目を空で勘定しながら、反物を風呂敷に包んだ。「友吉にゃ、何を買うてやるんだ。」清吉は眼をつむったまゝきいた。「コール天の足袋。」「そうか。」と、彼はつむっていた眼を開けた。 妻は風呂敷包みを持って、寂しそうに再・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・ 既に掠奪の経験をなめている百姓は、引き上げる時、金目になるものや、必要な品々を持てるだけ持って逃げていた。百姓は、鶏をも、二本の脚を一ツにくくって、バタバタ羽ばたきするやつを馬の鞍につけて走り去った。だが産んだばかりの卵は持って行く余・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ばあさんは、金目になりそうな物はやるのを惜しがった。「こんな物を東京へ持って行けるんじゃなし、イッケシへ預けとく云うたって預る方に邪魔にならア!」「ほいたって置いといたら、また何ぞ役に立たあの。」「……うらあもう東京イ行たらじゝ・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
出典:青空文庫