・・・なんでも赤あかさびた鉄火鉢に炭火を入れてあって、それで煙管の脂を掃除する針金を焼いたり、また新しい羅宇竹を挿込む前にその端をこの火鉢の熱灰の中にしばらく埋めて柔らげたりするのであった。柔らげた竹の端を樫の樹の板に明けた円い孔へ挿込んでぐいぐ・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・例えば短時間の強い光源としてのアンダーソンの針金の電気爆発を使う代りに水銀のフィラメントの爆発を使ったり、また電扇の研究と聯関して気流の模様を写真するために懐炉灰の火の子を飛ばせるといったようなことも試みた。無闇に読みもしない書物を並べ立て・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・こうなって来るともうだいたいの経過の見通しがついたわけであるが、ただ大切なタンバックルの留め針金がどうして切れたか、またちょっと考えただけでは抜けそうもないネジがどうして抜け出したかがわからない。そこで今度は現品と同じ鋼索とタンバックルの組・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・だれであったか先年ドイツの雑誌で単晶の針金のすべり面の数が針金の弾性的高周波振動できまるという説を出したことがあったようであったが、これもあまりふに落ちない説であった。自分もかつて、砂層の変形の繰り返しによって生ずる週期的すべり面の機巧から・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・ 音波によって起こされた電流の変化を、電磁石によって鋼鉄の針金の付磁の変化に翻訳して記録し、随時にそれを音として再現する装置もすでに発見されて、現にわが国にも一台ぐらいは来ているはずである。これならば任意に長い記録を作る事も理論上可能な・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・その時この電場の運動のためにいわゆる磁場が起る、電流の通ずる針金の周囲に磁場を生じるのはすなわちこれである。かくのごとくして起る電磁場は一種の惰性を有する事が実験上から知られる、すなわち荷電体を動かし始める時には動くまいとし、動いているのを・・・ 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
・・・従って一つの針金の長さなどという言葉自身が既に無意味ではないまでも漠然たるものになりはしまいか。この曖昧さ加減を最も明らかに吾人に示すのは綿糸の撚り糸である。一条の撚り糸を与えられてその長さを精密に測ろうと企てた人は、ここに述べた困難を切実・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・ 豚や鶏は時々隊をはなれて道傍の芝生へそれようとするのを、小さな針金のような鞭でコツコツとつっついては列に追い返している男がいる。 避雷針のようなものの付いた兜形の帽子を着た巡査が、隊の両側を護衛している。 巡査がどれもこれも・・・ 寺田寅彦 「夢」
・・・電光が針金の如き白熱の一曲線を空際に閃かすと共に雷鳴は一大破壊の音響を齎して凡ての生物を震撼する。穹窿の如き蒼天は一大玻璃器である。熾烈な日光が之を熱して更に熱する時、冷却せる雨水の注射に因って、一大破裂を来たしたかと想う雷鳴は、ぱりぱりと・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ 電信ばしらの針金を一本切ったぜ、それからその晩、夜どおし馳けてここまで来たんだ。 ここを通ったのは丁度あけがただった。その時僕は、あの高洞山のまっ黒な蛇紋岩に、一つかみの雲を叩きつけて行ったんだ。そしてその日の晩方にはもう僕は海の・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
出典:青空文庫