・・・二 私たち二人は、よく行く、近くの釣堀の方へと歩いた。樹木の茂った丘の崖下の低地の池のまわりには、今日も常連らしい半纏着の男や、親方らしい年輩の男や、番頭らしい男やが五六人、釣竿を側にして板の台に坐って、浮木を眺めている。そ・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・唐の時は釣が非常に行われて、薜氏の池という今日まで名の残る位の釣堀さえあった位ですから、竿屋だとて沢山ありましたろうに、当時持囃された詩人の身で、自分で藪くぐりなんぞをしてまでも気に入った竿を得たがったのも、好の道なら身をやつす道理でござい・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・弟はまたそれが不愉快でたまらないのだけれども、兄が高圧的に釣竿を担がしたり、魚籃を提げさせたりして、釣堀へ随行を命ずるものだから、まあ目を瞑ってくっついて行って、気味の悪い鮒などを釣っていやいや帰ってくるのです。それがために兄の計画通り弟の・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・「思いがけないことには、テニス・コートと小さい釣堀がある、コートはいいでしょう?」 私は、フダーヤの親切を大層うれしく感じた。東京の家は、家の建ものとしてわるくはないのだが、両隣が小工場であった。一方からは、その単調さと異様な鼓膜の震動・・・ 宮本百合子 「この夏」
出典:青空文庫