・・・昭和通りに二つ並んで建ちかかっている大ビルディングの鉄骨構造をねらったピントの中へ板橋あたりから来たかと思う駄馬が顔を出したり、小さな教会堂の門前へ隣のカフェの開業祝いの花輪飾りが押し立ててあったり、また日本一モダーンなショーウィンドウの前・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・大沼公園はなるほど日本ばなれのした景色である。鉄骨ペンキ塗りの展望塔がすっかり板に付いて見える。黄櫨や山葡萄が紅葉しており、池には白い睡蓮が咲いている。駒ヶ岳は先年の噴火の時に浴びた灰と軽石で新しく化粧されて、触ったらまだ熱そうに見える。首・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・観覧車も今は闃として鉄骨のペンキも剥げて赤あかさびが吹き、土台のたたきは破れこぼちてコンクリートの砂利が喰み出している。殺風景と云うよりはただ何となくそぞろに荒れ果てた景色である。 平一は今年の夏妹夫婦と姪とで夜の会場へ遊びに来た事があ・・・ 寺田寅彦 「障子の落書」
・・・ナウエンの無線電信塔の鉄骨構造の下端がガラスのボール・ソケット・ジョイントになっているのを見たときにも胆を冷やしたことであった。しかし日本では濃尾震災の刺戟によって設立された震災予防調査会における諸学者の熱心な研究によって、日本に相当した耐・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・いわゆる基線が土台になって、その上にいわゆる一等三角点網を組み立てて行く、これが地図の骨格となるべき鉄骨構造である。その網目の中に二等三等の三角網を張り渡し、それに肉や皮となり雑作となる地形を盛り込んで行くのである。この一等三角点にはみんな・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・これらの新道はそのいずれを歩いても、道幅が広く、両側の人家は低く小さく、処々に広漠たる空地があるので、青空ばかりが限りなく望まれるが、目に入るものは浮雲の外には、遠くに架っている釣橋の鉄骨と瓦斯タンクばかりで、鳶や烏の飛ぶ影さえもなく、遠い・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・やがて鉄骨だけの姿になった廃墟がうつし出されても、思い出は何と不思議だろう。その有様と私の心にある夏の夜のクリスタル・パレスの景色とは合わさって一つのものとなろうとしないのであった。〔一九三七年四月〕・・・ 宮本百合子 「映画」
・・・着いた年の冬は、硝子張りの屋根が破れたまま鉄骨がむき出しになっていた。雪がそこから降る。春の北国の重い雪解水がそこから滴っている。荒々しい淋しい心のひきむしられる眺めであった。二年後に、その屋根はすっかりガラスが嵌めこまれて新しいものになっ・・・ 宮本百合子 「カメラの焦点」
・・・黒い足場の間に人は夜業する照明燈の蒼白い強い光線を見、行き違う鉄骨の複雑な影のこい錯綜から、これは巨大な何かが地からもり上って来るのを、人間がたかってある一定の大いさまでおしつけ、まとめて、熱心にかためようと働いていると云う感じを受ける。全・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・前の屋上の天井はその頃何年か硝子がこわれたまんまで鉄骨が黒く月の明るみに出ていた。モスクワ市街が急激に様子を変えはじめて今はもうそこが立派に修理され、新聞社と出版労働者の倶楽部になって、夜は音楽が私の窓へもつたわって来るのである。 ひと・・・ 宮本百合子 「坂」
出典:青空文庫