・・・白鉢巻姿の、決意に燃える婦人争議員の写真が目にのこっている。 このストライキが起る前、地下鉄の従業員達は出征する従業員を品川駅へ見送りにやらされた。が、その連中は会社側が渡した日の丸の旗を振ることを大衆的に拒絶し、プラットフォームで戦争・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・というものは鉢巻をした女性ではありません。現実に対してはっきりと視線を向けることの出来る心を持った女性のことです。美しさの一つの要素に欠くことの出来ないものは、雄々しさです。わたしたちが若い女性として美を愛するならば精神の美としての雄々しさ・・・ 宮本百合子 「自覚について」
十三日。 おかしな夢を見た。 ひどくごちゃごちゃ混雑した人ごみの狭い通りを歩いていると右側に一軒魚屋の店が出ていた。 男が一人鉢巻をし、体をゆすって、俎の上に切りみを作っている。立って見ていると表面の黒いかたま・・・ 宮本百合子 「静かな日曜」
・・・人参、葱、大根が並んでいる。鉢巻した売りてが、大きい一本の大根をぶら下げて、あっちからこっちへと積みかえながら、「さア、この大根だと、一本十六円」 そう呼んでいる。何人かの男女が、八百やの前に佇んでいた。が、誰も彼も黙然として野菜を・・・ 宮本百合子 「人民戦線への一歩」
・・・塩原では、臨時事務所のようなところが出来て、そこでは屈強な若者が十数人鉢巻をして、山積したハガキを書いている。通行人の寄附を待つためだろう。往来に机まで出し、選挙事務所のような有様だ。日日は、頻りに投票ハガキの多いこと、為に中央郵便局の消印・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
・・・白無垢に白襷、白鉢巻をして、肩に合印の角取紙をつけた。腰に帯びた刀は二尺四寸五分の正盛で、先祖島村弾正が尼崎で討死したとき、故郷に送った記念である。それに初陣の時拝領した兼光を差し添えた。門口には馬がいなないている。 手槍を取って庭に降・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・魚河岸の兄いは向こう鉢巻をもって、勉強家は字書をもってこの問題を超越している。ある人は「粋」の小盾に隠れてこの悶を野暮と呼び、ある人は「理想」の塹壕に身を沈めてこの煩を病的と呼ぶ。 人生問題はすべての歴史の根底に横たわる。星を数えつつ井・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫