・・・その古文書の鑑定その他に関しては、今ここに叙説している暇がない。ただそれは、当時の天主教徒の一人が伝聞した所を、そのまま当時の口語で書き留めて置いた簡単な覚え書だと云う事を書いてさえ置けば十分である。 この覚え書によると、「さまよえる猶・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・何故かと云うと田中君は、詩も作る、ヴァイオリンも弾く、油絵の具も使う、役者も勤める、歌骨牌も巧い、薩摩琵琶も出来ると云う才人だから、どれが本職でどれが道楽だか、鑑定の出来るものは一人もいない。従ってまた人物も、顔は役者のごとくのっぺりしてい・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・検痰の結果は医師たちの鑑定を裏書きしてしまった。そして四つと三つと二つとになるお前たちを残して、十月末の淋しい秋の日に、母上は入院せねばならぬ体となってしまった。 私は日中の仕事を終ると飛んで家に帰った。そしてお前達の一人か二人を連れて・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・どうも、鯉のふとり工合を鑑定したものらしい……きっと今晩の御馳走だと思うんだ。――昨夜の鶫じゃないけれど、どうも縁あって池の前に越して来て、鯉と隣附き合いになってみると、目の前から引き上げられて、俎で輪切りは酷い。……板前の都合もあろうし、・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・じつはね、この間町の病院の医者の紹介で、博物館に関係のあるという鑑定家の処へ崋山と木庵を送ってみたんだが、いずれも偽物のはなはだしきものだといって返して寄越したんです。僕ら素人眼にも、どうもこの崋山外史と書いた墨色が新しすぎるようですからね・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・鸚鵡の持ち主はどんな女だか知らないがきっと、海山千年の女郎だろうと僕は鑑定する。」「まアそんな事だろう、なにしろ後家ばあさん、大いに通をきかしたつもりで樋口を遊ばしたからおもしろい、鷹見君のいわゆる、あれが勝手にされてみたのだろうが、鸚・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・』『吉さんはきっとおかみさんを大事にするよ』と、女は女だけの鑑定をしてお常正直なるところを言えばお絹も同意し『そうらしいねエ』と、これもお世辞にあらず。『イヤこれは驚いた、そんなら早い話がお絹さんお常さんどちらでもよい、吉さんの・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ これには理由があるので、この秋の初に富岡老人の突然上京せられたるのは全く梅子嬢を貴所に貰わす目算であったらしい、拙者はそう鑑定している、ところが富岡先生には「東京」が何より禁物なので、東京にゆけば是非、江藤侯井下伯その他故郷の先輩の堂・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・そして世におのずから骨董の好きな人があるので、骨董を売買するいわゆる骨董屋を生じ、骨董の目ききをする人、即ち鑑定家も出来、大は博物館、美術館から、小は古郵便券、マッチの貼紙の蒐集家まで、骨董畠が世界各国都鄙到るところに開かれて存在しているよ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・私がこのごろ再び深く思案してみたところに依っても、私の作品鑑定眼とでもいうべきものは断じて、断じてという言葉を三度使ったわけであるが、断じていんちきではない。私は、何一つ取柄のない男であるが、文学だけは、好きである。三度の飯よりも、というの・・・ 太宰治 「春の盗賊」
出典:青空文庫