・・・南の裏庭広く、物置きや板倉が縦に母屋に続いて、短冊形に長めな地なりだ。裏の行きとまりに低い珊瑚樹の生垣、中ほどに形ばかりの枝折戸、枝折戸の外は三尺ばかりの流れに一枚板の小橋を渡して広い田圃を見晴らすのである。左右の隣家は椎森の中に萱屋根が見・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・三人の中でも兄さん顔の次郎なぞは、五分刈りであった髪を長めに延ばして、紺飛白の筒袖を袂に改めた――それもすこしきまりの悪そうに。顔だけはまだ子供のようなあの末子までが、いつのまにか本裁の着物を着て、女らしい長い裾をはしょりながら、茶の間を歩・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・運動の波がひいたとき、この作者は自分のまわりにある家の中の人々の庶民的な顔を長め、素朴な、自然発生的な生きかたを眺め、それを庶民的な、民衆的な素直さとして胸をうごかされ、自分自身も素直になって、自分の生きかたを肯定している小説である。この場・・・ 宮本百合子 「全体主義への吟味」
・・・深い長めな四角い箱で、積んである外見に、そのなかにつめられている本の重量が感じられた。今年の夏、駿河台にある雑誌記念館へ行ったときも、その建物の中の使われていない事務室の床の上に、こういう木箱がずっしりとつみ上げられていた。日本から海を越え・・・ 宮本百合子 「図書館」
・・・額際から顱頂へ掛けて、少し長めに刈った髪を真っ直に背後へ向けて掻き上げたのが、日本画にかく野猪の毛のように逆立っている。細い目のちょいと下がった目尻に、嘲笑的な微笑を湛えて、幅広く広げた口を囲むように、左右の頬に大きい括弧に似た、深い皺を寄・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫