・・・で知盛の幽霊が登場し、それがきらきらする薙刀を持って、くるくる回りながら進んだり退いたりしたその凄惨に美しい姿だけが明瞭に印象に残っている。それは、たしか先代の左団次であったらしい。そうして相手の弁慶はおそらく団十郎ではなかったかと思われる・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ここでわれわれは身を投げるか、弁慶の薙刀のさびとなるか、夜鷹に食われるか、それともまた鍋焼うどんに腹をこしらえて行手の旅を急ぐかである。 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・ 平右衛門は手早くなげしから薙刀をおろし、さやを払い物凄い抜身をふり廻しましたので一人のお客さまはあぶなく赤いはなを切られようとしました。 平右衛門はひらりと縁側から飛び下りて、はだしで門前の白狐に向って進みます。 みんなもこれ・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
・・・後者は、前方への進展の見とおしとその社会的なよりどころを見失った文学の懐古的態度として現れたのであったが、時代の急激なテムポは、微温的な懐古調を、昨今は、花見る人の長刀的こわもてのものにし、古典文学で今日の文学を黙せしめようとするが如き不自・・・ 宮本百合子 「文学上の復古的提唱に対して」
・・・先に立ったのは、白柄の薙刀を手挾んだ、山椒大夫の息子三郎である。 三郎は堂の前に立って大声に言った。「これへ参ったのは、石浦の山椒大夫が族のものじゃ。大夫が使う奴の一人が、この山に逃げ込んだのを、たしかに認めたものがある。隠れ場は寺内よ・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・三郎が武術に骨を折るありさまを朝夕見ているのみか、乱世の常とて大抵の者が武芸を収める常習になっているので忍藻も自然太刀や薙刀のことに手を出して来ると、従って挙動も幾分か雄々しくなった。手首の太いのや眼光のするどいのは全くそのためだろう。けれ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫