・・・それは床屋の裏になった棟割り長屋の一軒だった。主人は近所の工場か何かへ勤めに行った留守だったと見え、造作の悪い家の中には赤児に乳房を含ませた細君、――彼の妹のほかに人かげはなかった。彼の妹は妹と云っても、彼よりもずっと大人じみていた。のみな・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・見る見る歯医者の家の前を通り過ぎて、始終僕たちをからかう小僧のいる酒屋の天水桶に飛び乗って、そこでまたきりきり舞いをして桶のむこうに落ちたと思うと、今度は斜むこうの三軒長屋の格子窓の中ほどの所を、風に吹きつけられたようにかすめて通って、それ・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・ さて、お妻が、流れも流れ、お落ちも落ちた、奥州青森の裏借屋に、五もくの師匠をしていて、二十も年下の、炭屋だか、炭焼だかの息子と出来て、東京へ舞戻り、本所の隅っ子に長屋で居食いをするうちに、この年齢で、馬鹿々々しい、二人とも、とやについ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 幕府の時分旗本であった人の女で、とある楼に身を沈めたのが、この近所に長屋を持たせ廓近くへ引取って、病身な母親と、長煩いで腰の立たぬ父親とを貢いでいるのがあった。 八 少なからぬ借金で差引かれるのが多いのに、・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・二階の裏手に当る近所を、言われていた通りに探すと、渡瀬という家があったが、まさか、そこではなかろうと思って通り過ぎた。二階長屋の一隅で、狭い古い、きたない、羅宇や煙管の住いそうなところであった。かのお袋が自慢の年中絹物を着ているものの住所と・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・が、家を尋ねると、藤堂伯爵の小さな長屋に親の厄介となってる部屋住で、自分の書斎らしい室さえもなかった。緑雨のお父さんというは今の藤堂伯の先々代で絢尭斎の名で通ってる殿様の准侍医であった。この絢尭斎というは文雅風流を以て聞えた著名の殿様であっ・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
新に越して来た家の前に二軒続きの長屋があった。最初私にはただこんな長屋があるという位にしか思われなかった。 ある新聞社にいる知人から毎日寄贈してくれる新聞がこの越して来てから二三日届かなかったので、私はきっと配達人が此家が分らない・・・ 小川未明 「ある日の午後」
・・・鰻の寝床みたいな狭い路地だったけれど、しかしその辺は宗右衛門町の色町に近かったから、上町や長町あたりに多いいわゆる貧乏長屋ではなくて、路地の両側の家は、たとえば三味線の師匠の看板がかかっていたり、芝居の小道具づくりの家であったり、芸者の置屋・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 四 高津の裏長屋の二階へ帰って四日目におかね婆さんは、息をひきとった。 身寄りの者もないらしく、また、むかしの旦那だと名乗って出る物好きもなく葬儀万端、二三の三味線の弟子と長屋の人たちの手を借りて、おれがし・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ ことに彼にそういう気持を起こさせたのは、一棟の長屋の窓であった。ある窓のなかには古ぼけた蚊帳がかかっていた。その隣の窓では一人の男がぼんやり手摺から身体を乗り出していた。そのまた隣の、一番よく見える窓のなかには、箪笥などに並んで燈明の・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
出典:青空文庫