・・・ 長年の勉強と努力で、漸う出来た私の智慧の庫を、この児は、生れながらにして至極小さくはあるが持って居る。勝れた利口に育ってくれる事は確かである。 私は、どうしても、好い自慢の出来る児に仕立てあげなければ……。 あんまり可愛がりす・・・ 宮本百合子 「暁光」
・・・ 先々月、六月の下旬、祖母の埋骨式に、田舎へいっていた。長年いきなれた田舎だが、そこの主人であった祖母が白絹に包まれた御骨壺となり、土地の人がそれに向って涙をこぼすような工合になると、却って淋しい。人々が集り、暑い夏を混雑するのも悲しい・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・見順、石川淳、太宰治、衣巻省三その他多くの作家が、言葉どおりの意味での新進ではなく、過去数年の間沈滞して移動の少なかった純文学既成作家に場面を占められて作品発表の機会を十分持ち得ないでいた人々であり、長年の文学修業と鬱屈とを経、且つ又何かの・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・この問題は、長年ブルジョア女性解放論者によっていわれてきたような、女性の主観的がんばりだけで達成されるものでもないし、戦時中の政府が戦争目的のために婦人技術者を養成して、いまはそれ等の人の中から売笑婦が出るような状態につきおとしているやり方・・・ 宮本百合子 「質問へのお答え」
・・・「私をいままで調べられたあなたが、長年の検事としてその体験から私の起訴の決定をする会議にでてどうか一つ公正なるあなたの意見を述べて頂きたい。そのために是非闘ってもらいたいということを申しあげた。私はその時に涙とともに申しました。胸が一杯でし・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・ 斯様な社会状態は、長年の間に、他国に見られない女性の自由な発達を遂げさせました。天分があり、才能があり、而して意志のある者なら、自分の望む限り、学術研究に携っても実務に就ても発展することが出来る。完く一箇の自由人、独立人として何者にも・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ 然し、長年、私を「Yちゃん、一寸!」と一声呼んだ丈で自分の傍に所有出来た家族は、何となく第三者の侵入を意識する。何となく拘泥する。 私には、両方ながら自然に思われるけれども、実際の問題に当っては、非常に神経を使い、苦しまなければな・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・ 正坐にかまえて都人の華奢な風を偲ばせて居るのは殿、その下坐に弟君、かかり人までこの宴にもれず、仮面もかぶらずにひかえて居る、それからは年の順、役の順に長年忠義劣りない家の子、家臣の一番上坐に、殿のみどり子の時からつかえて今に尚、この頃・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・しかし、長年の弾圧と辛苦の果に集ったそれらの人々の雰囲気には感銘ふかい歓喜と新しい勇気とがみちていた。日本の勤労階級は公然と自身の政党をもつようになった。勤労者の文化的創造性も、自身の組織がもてるようになった。新しい民主主義の立場に立っ・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・石は意志を現す、とそんな冗談をいうほどまでに、彼は、長年の生活のうちこの石からさまざまな音響の種類を教えられたが、これはまことに恐るべき石畳の神秘な能力だと思うようになって来たのも最近のことである。何かそこには電磁作用が行われるものらしい石・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫