・・・飛んだ長座をいたしました。」 謂うことを聞きも果てず、叔母は少しく急き込みて、「その言は聞いたけれど、女の身にもなって御覧、あんな田舎へ推込まれて、一年越外出も出来ず、折があったらお前に逢いたい一心で、細々命を繋いでいるもの、顔も見・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・私は大変長座をした。夏目さんは人によってあるいは門前払いをしたり仏頂顔したりするというが、それも本当だろう。しかし私は初めてからそんな心はしなかった。英雄人を欺くというから、あるいはそうかも知れんが、しかし私はそんな気持はしなかった。その後・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・「ちょっと平岡さんに頼まれて来た用があるのよ、此処でも話せますよ、もう遅いもの、上ると長座なるから。……」と今来た少女は言って、笑を含んでいる。それで相手の顔は見ないで、月を仰だ目元は其丸顔に適好しく、品の好い愛嬌のある小躯の女である。・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・話してしまってから、さもがっかりしたように枕によりかかったまま目をねむって黙ってしまったので、長座は悪いだろうと思って遠慮してすぐに帰って来た。 翌朝P教室へ出勤するとまもなくS軒から電話でB教授に事変が起こったからすぐ来てくれとの事で・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・こんな時はなるべく早く帰る方が得策だ、長座をすればするほど失敗するばかりだと、そろそろ、尻を立てかけると「あなた、顔の色が大変悪いようですがどうかなさりゃしませんか」と御母さんが逆捻を喰わせる。「髪を御刈りになると好いのね、あんまり・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ すなわち今の事態を維持して、門閥の妄想を払い、上士は下士に対して恰も格式りきみの長座を為さず、昔年のりきみは家を護り面目を保つの楯となり、今日のりきみは身を損じ愚弄を招くの媒たるを知り、早々にその座を切上げて不体裁の跡を収め、下士もま・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・』 アウシュコルンは驚惶の体で、コーンヤックの小さな杯をぐっとのみ干して立ちあがった。長座した後の第一歩はいつもながら格別に難渋なので、今朝よりも一きわ悪しざまに前にかがみ、『わしはここにいるよ、わしはここにいるよ。』と繰り返し・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
出典:青空文庫