・・・学問の研究に精神を集注しているときは大脳皮のある特定の部分に或る特定の化学的変化が起こる、その変化が長時間持続するとある化学的物質の濃度に持続的な異常を生じて、それが脳神経中枢のどこかに特殊の刺激となって働く、そうして元の精神集注状態がやん・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
・・・ 八十歳の老人でできるだけ長時間ダンスを続ける、という競技の優勝者ブーキンス君は六時間と十一分というレコードを取った。もっと若い仲間でのレコード七十九時間と三十分というのはウィーンのウィリー・ガガヴチューク君の手に帰した。三昼夜と七時間・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・このように長時間の後に残存してしかも陽像のみ現われるというのはまだ読んだ事も聞いた事もなかった。おそらくこれは生理的ではなくて、病理的に神経の異常から起こるハルシネーションの類だろうが、それにしても妙なものである。人殺しをしたものが長い年月・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・それが食堂で夜ふけまで長時間続いていた傍若無人の高話がようやく少し静まりかけるころに始まるのが通例であった。波が荒れて動揺のすさまじい時だけはさすがにこの音も聞こえなかったが、そういう時にはまた船よいの苦悩がさらにはなはだしかった。 汽・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・自分の知っている人の内でも、たぶんそうらしいと思われるほどの長時間をこの境地に安住している人はある。しかし寝坊をして出勤時間に遅れないように急いで用を足す習慣のものには、これもまた瞑想に適した環境ではない。 残る一つの「鞍上」はちょっと・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・と云うほどの秘密でもありませんが、全くのところ今日の講演は長時間諸君に対して御話をする材料が不足のような気がしてならなかったから、牧さんにあなたの方は少しは伸ばせますかと聞いたのです。すると牧君は自分の方は伸ばせば幾らでも伸びると気丈夫な返・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・もちろん落ちつかぬ様子と云うのは、ある時間の経過を含む状態には相違ないが、長時間の経過を待たないで、すぐ眼に映る状態であります。だからこの uneasy と云う語は、長い間持続する状態でも、これを一刻もしくは一分に縮めて画のようにとっさの際・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・しかし見物が積極的に、この長時間に比例するほど慾張るが故、役者もやむをえず働らくとすれば役者ははなはだ気の毒である。同盟してもっと見物賃を上げるが好い。牛肉でも葱でも外の諸式はもっとぐっと高くなりつつある。・・・ 夏目漱石 「明治座の所感を虚子君に問れて」
・・・よく成ろうとする無数の力、発展しようとする発芽の希願は、厚い塵芥の堆積の下で、恐るべき長時間を過さなければならないのでございます。 私は明かに私共の仲間である多くの若き女性が、少くとも次の時代に於て、何等か有形の発展を遂げ得る動機を各自・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・生産の計量に当っては、田舎の若い単純で素朴な女の子の、長時間単調な労作に耐える能力、家族的な従順さに馴らされている気質、それがそれなりに止めておかれて、それであるからこそ労働の素質として好適と見られている。文化の上から見ればおくれている素質・・・ 宮本百合子 「婦人の文化的な創造力」
出典:青空文庫