・・・しかし目だけは天才らしい閃きを持っているのですよ。彼の目は一塊の炭火のように不断の熱を孕んでいる。――そう云う目をしているのですよ。 主筆 天才はきっと受けましょう。 保吉 しかし妙子は外交官の夫に不足のある訣ではないのです。いや、・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・ 俊寛様はこうおっしゃると、たちまちまた御眼のどこかに、陽気な御気色が閃きました。「一条二条の大路の辻に、盲人が一人さまようているのは、世にも憐れに見えるかも知れぬ。が、広い洛中洛外、無量無数の盲人どもに、充ち満ちた所を眺めたら、―・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・けれども彼は落葉だけ明るい、もの寂びた境内を駆けまわりながら、ありありと硝煙の匂を感じ、飛び違う砲火の閃きを感じた。いや、ある時は大地の底に爆発の機会を待っている地雷火の心さえ感じたものである。こう云う溌剌とした空想は中学校へはいった後、い・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・しかし先生の眼の中には、それでもなお時として、先生の教授を受ける生徒たちの――恐らくは先生が面しているこの世間全体の――同情を哀願する閃きが、傷ましくも宿っていたではないか。 刹那の間こんな事を考えた自分は、泣いて好いか笑って好いか、わ・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・その上不思議な事には、この大きな眼が、往来を流れる闇ににじんで、朦朧とあったのに関らず、何とも云いようのない悪意の閃きを蔵しているように見えました。新蔵は思わず拳を握って、お敏の体をかばいながら、必死にこの幻を見つめたと云います。実際その時・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ たとえ、其の人の事業は、年をとってから完成するものだとはいうものゝ、すでに、其の少時に於て、犯し難き片鱗の閃きを見せているものです。若くして死んだ、詩人や、革命家は、その年としては、不足のないまで、何等か人生のために足跡を残していまし・・・ 小川未明 「机前に空しく過ぐ」
・・・屠殺するために、連れて行くのを往来などで遊んでいて見た時、飼主の無情より捨てられて、宿無しとなった毛の汚れた犬が、犬殺しに捕えられた時、子供等が、これ等の冷血漢に注ぐ憎悪の瞳と、憤激の罵声こそ、人間の閃きでなくてなんであろう。 これらの・・・ 小川未明 「天を怖れよ」
・・・それは天才的な閃きといってもいい位であった。「こりゃ、もしかしたら大物になるかも知れないぞ」 と彼は思った。すると、元来熱狂し易い彼は、寿子を大物にするために、すべてを犠牲にしようと思った。 彼はヴァイオリン弾きとしての自分の恵・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・まいたる、その時もしわが顔にあざけりの色の浮かびたりせば恕したまえ、二郎が耳にはこの声いかに響きつらん、ただかれがその掌を静かに膝の上に置きて貴嬢が伴の方をきっと見たる、その時のかれが眼より怪しき光の閃きしを貴嬢はよくも得見たまわざりしと覚・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・北村君の天才は恐るべき生の不調和から閃き発して来た。で、種々な空想に失望したり、落胆したりして、それから空しい功名心も破れて――北村君自身の言葉で言えば「功名心の梯子から落ちて」――そうして急激な勢で文学の方へ出て来るようになったのである。・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
出典:青空文庫