・・・ぱッと音立てて朝開く花の割れ咲くような笑顔だった。赤児が初めて笑い出す靨のような、消えやすい笑いだ。この少年が博士になったとは、どう思ってみても梶には頷けないことだったが、笑顔に顕れてかき消える瞬間の美しさは、その他の疑いなどどうでも良くな・・・ 横光利一 「微笑」
・・・その度にびっくりして目を開く。目を開いてはこの気味の悪い部屋中を見廻す。どこからか差す明りが、丁度波の上を鴎が走るように、床の上に影を落す。 突然さっき自分の這入って来た戸がぎいと鳴ったので、フィンクは溜息を衝いた。外の廊下の鈍い、薄赤・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・その時に、誰いうともなく、蓮の花の開くときに音がする、ということが話題になった。一つ試してみようじゃないか、というわけで舟を蓮の花の側に止めさせて、今にも開きそうな蕾を三人で見つめた。その蕾はいっこう動かないが、近辺で何か音がする。蓮の花の・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫