・・・そして隣りの室の前を通りかかりましたら、扉が開け放してあって、さっきの給仕がひどく悄気て頭を垂れて立っていました。向うには、髪もひげもまるで灰いろの、肥ったふくろうのようなおじいさんが、安楽椅子にぐったり腰かけて、扇風機にぶうぶう吹かれなが・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ 血相をかえて話すので、私はぞうっとし、すっかり家中明け放した庭の暗が気味わるく成って来た。私はけんかは嫌いだ。切ったはったは何より嫌いだ。実際今夜人殺しがあるというのだろうか。 私は、落ついたような調子で、少し笑いさえ浮べていった・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ 暖かなので開け放した部屋が急にガランとして見えて、母が居ない家中は、どことなし気が落ちつかない。火がないので、真黒にむさくるしいストーブを見ながら、頬杖をついて、私はもう随分さっきから置いてきぼりにされた様な様子をして居る。 この・・・ 宮本百合子 「草の根元」
・・・ 由子は、独りで奥の広間にいた。開け放した縁側から、遠くの山々や、山々の上の空の雲が輝いているのまで一眸に眺められた。静かな、闊やかな、充実した自然がかっちり日本的な木枠に嵌められて由子の前にある。全く、杉森をのせ、カーバイト会社の屋根・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・蛾が、深夜に向って開け放した我々の部屋から部屋へとんだ。最後の分は、駒沢の竹藪のある部屋で訳された。 すべて、人間が自分の内的生命を注ぎ出して書くものには必ずその人の調子と云うものがある。思想的傾向とか、主要観念とかいうものの他、その人・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・我々はふと、一人の老人の後について、一対の男女が開け放した入口から食堂に入って来るのを認めた。三人連れかと思ったがそうでもないらしい。老人は、彼等のところからは見えない反対の窓際に一人去った。二人は一寸食堂の中央に立ち澱んで四辺を見廻した後・・・ 宮本百合子 「三鞭酒」
・・・ 戸は開け放して、竹簾が垂れてある。お為着せの白服を着た給仕の側を通って、自分の机の処へ行く。先きへ出ているものも、まだ為事には掛からずに、扇などを使っている。「お早う」位を交換するのもある。黙って頤で会釈するのもある。どの顔も蒼ざめた・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・どの家も戸を開け放して、女や子供が殆ど裸でいる。中には丁度朝飯を食っている家もある。仲為のような為事をする労働者の家だと士官が話して聞せた。 田圃の中に出る。稲の植附はもう済んでいる。おりおり蓑を着て手籠を担いで畔道をあるいている農夫が・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・ 船宿の二階は、戸は開け放してあっても、一ぱいに押し込んだ客の人いきれがしていたが、舟を漕ぎ出すと、すぐ極好い心持に涼しくなった。まだ花火を見る舟は出ないので、川面は存外込み合っていない。僕の乗った舟を漕いでいる四十恰好の船頭は、手垢に・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・この川の二階を、こんなに明け放していて、この位なのだからね」「そうさ。好く日和が続くことだと思うよ。僕なんぞは内にいるよりか、ここにこうしている方が、どんなに楽だか知れないが、それでも僕は人中が嫌だから、久しくこうしていたくはないね。ど・・・ 森鴎外 「余興」
出典:青空文庫