・・・きそれもならぬとまた福よしへまぐれ込みお夏を呼べばお夏はお夏名誉賞牌をどちらへとも落しかねるを小春が見るからまたかと泣いてかかるにもうふッつりと浮気はせぬと砂糖八分の申し開き厭気というも実は未練窓の戸開けて今鳴るは一時かと仰ぎ視ればお月さま・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・とうさんなぞも旅をするたびに自分の道が開けて来た。田舎へ行くと、友だちはすくなかろうなあ。ことに画のほうの友だちが――それだけがとうさんの気がかりだ。」 こう私が言うと、今まで子供の友だちのようにして暮らして来たお徳も長い奉公を思い出し・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・つい口を開けて物を言えば、己の身の上が分からないことはあるまい。まさか町の奴等のように人を下目に見はすまい。みんなで少しずつ出し合ってくれたら、汽車賃が出来るに違いない。」 一群は丁度爪先上がりになっていた道を登って、丘の上に立ち留まっ・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・ 王さまは仕方がないので、また、ウイリイをお呼びになって、「あの門と部屋々々の戸を開けてくれ。すぐに開けないとお前の命はないぞ。」とお言いになりました。 ウイリイは自分がちゃんとその鍵を持っているのですから、今度はちっとも困りま・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ 或る満月の晩おそく、彼女は静かに部屋の戸を開けて、こわごわ戸外を覗いて見ました。淋しいスバーと同じように、彼女自身満月の自然は、凝っと眠った地上を見下しています。スバーの若い健やかな生命は、胸の中で高鳴りました。歓びと悲しさとが、彼女・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・こうして新しい領分が開けたわけですから、その開けた直後は高まるというよりも寧ろ広まる時代、拡張の時代です。それが十八世紀の数学であります。十九世紀に移るあたりに、矢張りかかる階段があります。すなわち、この時も急激に変った時代です。一人の代表・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ この男の姿のこの田畝道にあらわれ出したのは、今からふた月ほど前、近郊の地が開けて、新しい家作がかなたの森の角、こなたの丘の上にでき上がって、某少将の邸宅、某会社重役の邸宅などの大きな構えが、武蔵野のなごりの櫟の大並木の間からちらちらと・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・窓を開けて、襟を外へ投げた。それから着物を脱いで横になった。しかし今一つ例の七ルウブルの一ダズンの中の古襟のあったことを思い出したから、すぐに起きて、それを捜し出して、これも窓から外へ投げた。大きな帽子を被った両棲動物奴がうるさく附き纏って・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・室内電燈のスウィッチの、ちょっと開けてみれば分るような簡単な故障でも、たいてい電燈会社へ電話をかけて来てもらうのが普通であるらしい。 些細なようなことで感心したのは、風呂を立ててもらうのに例えば四十一度にしてくれと頼めばちゃんと四十一度・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
・・・ ひろびろとした道路が、そこにも開けていた。「ここはこの間釣りに来たところと、また違うね」私は浜辺へ来たときあたりを見まわしながら言った。 沼地などの多い、土地の低い部分を埋めるために、その辺一帯の砂がところどころ刳り取られてあ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫